竹村東野墓 - 塾生に中岡慎太郎・大石圓・宮地宜蔵ら・・・



[ 高知県高知市東秦泉寺 ]


竹村東野と坂本龍馬とは直接の関係はないがですが、門弟千余人と言われた塾生の中にゃ龍馬と深い関わりをもつ逸材が一杯居った。

竹村東野は、文化元年(1804)に香美郡野市村(現・香南市野市町)に生まれ、慶応2年(1866)63歳で亡くなった儒学者ながです。

文政9年(1826)、修行のため江戸へ出て、儒者・岡萬助へ入門するが、一旦、土佐に帰国後、文政12年(1829)再び江戸に出、佐藤一斎に入門し3年間修行しちょります。

天保3年(1832)、土佐に戻ると藩校学頭・日根野鏡水の塾へ入り寄宿して、更に勉学に励んでいたところ、天保5年(1834)家老・桐間蔵人の学問相手役近習として召抱えられ、江ノ口村百軒町に家塾・「成美塾」を開く。

天保12年(1841)、塾を閉じ再修行のため江戸へ赴き、佐藤一斎・安積艮斎・山口菅山ら諸名家に学び、兵学師・清水赤城には兵学・測量を学び翌年帰国後、塾を再開し教えちょります。

慶応元年(1865)、御留守居組、致道館助講に抜擢されちょります。

墓石の題字は、土佐藩家老・桐間松雲が、竹村東野の死を惜み東野先生之墓と書いたとか・・・。
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