岡上新甫(樹庵)墓 - 乙女姉やんが後妻に嫁ぐ



[ 高知県高知市井口町 ]


岡上新甫は、安政11年(1828)土佐は香美郡山北村(現・香南市)の藤田泰善の次男に生まれちょり、身長五尺に足らぬ小男で、疳癖(神経過敏)の強い人だったと言われちゅう。

坂本龍馬の2番目の姉・乙女姉やんの元・夫と言うたら、判るろー。

天保10年(1839)、土佐藩山内家の御典医を務める岡上卓元の娘・勢の婿養子として岡上家に入り、その後、家督を嗣ぎ8代目の御典医を務めちょったそうで、岡上樹庵と称しちょります。

岡上氏は長宗我部氏に仕えた家柄で、岡上吉助のとき医師に転向し薊野村で開業し仁医の評判高く、山内一豊に召されてより代々典医を勤めた家柄じゃそうです。

高知市史上巻第二篇第八章 防災・厚生施設の項に、山内家に仕えた医師の氏名等の中に、登用年月日が文化9年(1812)4月に岡上文益という名があり、この人が岡上卓元ではないかと、土居晴夫著「坂本家系考」にはある。

その後、先妻の勢が亡くなった後、後妻として岡上家に嫁いだがが乙女姉やんなが。

けんど、樹庵の浮気などで夫婦仲はあんまりようなかった事や、祖母との居り合いもようなかったようで、慶応3年(1867)に、乙女と離縁しちょります。

その後も、坂本家とは交流は少なからずあったようじゃけんど、明治8年(1875)乙女姉やんとの間にもうけた長男・赦太郎が14歳の若さで亡くなると、樹庵も後を追うように病没しちょります。
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