はりまや橋 - 今に残る明治41年に架橋された鉄製の橋




[ 高知県高知市はりまや町 ]


はりまや橋が何時架橋されたかは定かじゃないけんど、江戸時代始めの慶安元年(1648)以前じゃとされちょります。

と言うのは、はりまや橋を架けた当事者の一人、播磨屋宗徳が亡くなっちゅうがが慶安元年(1648)じゃからです。

播磨屋宗徳と言う人は、長宗我部元親の統治しよった時代にゃ瀬戸村(現・高知市瀬戸)に住んじょり、もう一人の櫃屋道清は浦戸城下に居った。

山内一豊が土佐に入国し、高知城下を形成すると、両人は城下の堀川を隔てた場所に移り住み、藩の御用商人として商いを始めるがです。

そのお互いの通行の為に架けた橋が、はりまや橋ながです。

元禄11年(1698)に大火が発生し、はりまや橋は焼け落ちちょりますが、その後、架け替えられた橋の長さは約29m、幅3.6mあったそうじゃき、現在のはりまや橋交差点辺りの道幅に相当する川幅があったそうながです。

この鉄製の橋は、時代と共に変遷した「はりまや橋」-2代目 2008.03.12でも、ご紹介しちょりますが、明治41年に架けられた橋なが。

正確には3代目かな・・・。

今は、観光用に架けられちゅうだけじゃき、橋の長さも随分と短こうなっちょっりますが、現存する最古のはりまや橋が残っちょります。

殆どの観光客の方は、現在の朱塗りの観光橋だけにしか眼が行かんがですが、道路を挟んだ此の場所や、地下の連絡通路にもはりまや橋の変遷の資料等が展示されちょります。

是非、足を運んでみてや。


[ アクセス ]

・はりまや橋交差点の東側、デンテツターミナル・ビル北側の人口水路上

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