日根野弁治墓 - 坂本龍馬の・剣の師匠



[ 高知県高知市福井町 ]


坂本龍馬が14歳の頃から江戸に剣術修行に出るまでの約5年間通った剣の師・日根野弁治の墓ながです。

日根野弁治は、文化12年(1815)郷士・市川信好の四男(次男の説もあり)に生まれ、名は吉善と言うが。

元々、日根野家は、姓組2人扶持5石を賜り、剣術導役・屋敷弘敷役を歴任し、高知城下築屋敷で道場を経営しちょった家柄で、武術師匠役を務める上士格じゃったけんど、日根野家2代目の日根野左右馬恵吉にゃ子供が居らんかったき、養嗣子として入ったがが後の日根野弁治ながよ。

日根野弁治自身が郷士出じゃった関係で、坂本龍馬らー郷士身分の門弟が多く集まるようになったようじゃ。

亡くなったがは、慶応3年(1867)8月3日で、享年53歳(数え年)と墓石には刻まれちょりました。

因みに、坂本龍馬が芸州藩の震天丸にライフル銃1000挺を積んで土佐・浦戸に最後の帰郷を果たしたがが9月23日。

もうちょっと、日根野弁治が生きちょったら、懐かしい思い出話に花が咲いたろーにと、想像するがです。

[ 参考 ] 日根野弁治 - Wikipedia

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