鹿児 - 古浦戸湾の名残



[ 高知県高知市大津乙 ]


田植えが最盛期 - 水田の水面に大島が蘇る 2010.04.06でもチックと書いたけんど、今から1100年程昔の高知市は海じゃったがでして、小島が点在しちょった。

この鹿児もその一つで、蔓島・小高坂山・筆山・田辺島・高須山・比島・竹島、それに高知城のある大高坂山が比較的大きな島じゃったようながです。

この鹿児の名は、当時、此の辺りに水夫(かこ)が住んじょったそうながでして、船が頻繁に往き来しよった港町じゃったようながです。

紀貫之も、京に帰る際に船出したのは、この鹿児の港のもうちょっと奥の方の、国府に近い大津の湊じゃったがでして、この辺りは当時の交通の要所じゃったがですねー。

この山の北側に鹿児神社があるがですが、北向きの神社ちゅうがは珍しいねー。

多分、神社の付近が港じゃったがじゃないいかと思うがです。

御祭神は「底筒男神・中筒男神・表筒男神」となっちゅう。

この神さんって、全国の「住吉神社」に祭られちゅう住吉三神と同じ神さんで、海の神・航海の神さんじゃねー。

由緒書きに嘉吉3年(1443)に奉納された鰐口の事が記されちょり、それ以前の創建のようながですけんど、仔細は不明じゃけんど、やはり一説には大同元年(806)に摂津の住吉大神を勧請したとも伝えられちゅうそうながです。

実際には、古浦戸湾に突き出た半島の西の端の鹿児岬じゃったと書かれた説明板もある。


[ アクセス ]

・土佐電鉄後免線「田辺島通」電停下車 約140m 徒歩約2分
・土佐電鉄後免線「鹿児」電停 約280m 徒歩約4分

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