片岡健吉生誕地 - 立志社初代社長



[ 高知県高知市本町2丁目 ]


天保14年(1844)に土佐藩の上士で馬廻格・片岡俊平の長男として生まれ、文久元年(1863)藩主・山内豊範の小姓、文久3年(1863)にゃ22歳で郡奉行に抜擢され、慶応4年(1868)年土佐藩迅衝隊左半大隊司令兼大軍監として戊辰戦争に出征し軍功ありとして中老に昇任に昇任しちょります。

維新後は政府に出仕するも、明治6年(1873)の征韓論に敗れ高知に戻っちょります。

明治7年(1874)、板垣退助・植木枝盛・林有造らと立志社を創設し初代社長となり、明治12年(1879)にゃ高知県会の初代議長となった人ながです。

明治10年(1877)に国会開設の建白書を、明治13年(1880)にも国会開設の請願書を出すなどして、国会開設に尽力しちゅう。

明治14年(1881)自由党の結成に協力し、明治23(1890)に第1回衆議院議員総選挙で当選以後、第8回まで連続で当選し、明治31年(1898)から死去するまで衆議院議長も務めたがです。

片岡健吉の生家の直ぐ近くにゃ、板垣退助や後藤象二郎の生家もあるが。

片岡健吉の生まれた時、板垣退助は7歳、後藤象二郎は6歳ですき、遊び仲間じゃったがでしょう。

明治36年(1903)61歳で病死。


[ アクセス ]

・土佐電鉄「大橋通」電停下車 約140m
・土佐電鉄「堀詰」電停下車 約220m 
・土佐電鉄「高知城前」電停下車 約330m

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