伏見寺田屋跡








[ 京都府京都市伏見区南浜町 ]


寺田屋は伏見の船宿で、幕末期は討幕派の定宿となった所なが。

坂本龍馬も、その一人じゃねー。

江戸時代の伏見は、大阪と京都を結ぶ淀川の舟運の港町として栄えた町ながでして、川沿いにゃ船宿が何件も軒を連ねちょったそうなが。

また幕末維新史の歴史的事件の舞台となった所じゃき。

文久2年(1862)4月23日に起こった、薩摩藩急進派・有馬新七ら35名が、関白九条尚忠と京都所司代の殺害を計画して集結し、薩摩藩の鎮圧側藩士らと乱闘となった寺田屋騒動

慶応2年(1866)年正月21日、逗留中の坂本龍馬が伏見奉行所の捕方に襲われたが、お龍さんの機転で三吉慎蔵と難を逃れた坂本龍馬襲撃事件

この写真を撮りに行った頃は、まだ当時の刀傷等が残る歴史的な宿として紹介されちょり、実際そのように説明を受けたがです。

けんど平成20年(2008)、その信憑性が問題となり、京都市が調査の結果「当時の建物は焼失したと考えるのが妥当」との見解を発表しちょります。

慶応4年(1868)1月3日-6日に起こった、戊辰戦争の幕開けとなった鳥羽伏見の戦いの際に焼失し、その後再建された建物じゃったがですき。

正確には、寺田屋跡ながですねー。
関連記事

  



3 Comments

とくた  

気持ち悪いとかファンの方に失礼

私は逆に泊まりたいけどね

2011/10/18 (Tue) 23:23 | EDIT | REPLY |   

オンチャン  

Re: 秘密のさいこちゃん さんへ

> 今は多いみたいですね、訪れる人

今年は特に、凄いんじゃないろーかねー

> 宿泊も可能とか・・・ヤダ

そうだよねー。
やっぱり、惨劇のあった場所だとわかりゃ余計に、気持ち悪いよねー。

2010/06/24 (Thu) 20:35 | REPLY |   

秘密のさいこちゃん  

随分昔に行ったことがありますが
当事は今ほど歴史が人気ってこともなかったから
その時はお客は私しかいませんでした

今は多いみたいですね、訪れる人

やっぱり刀の跡とか説明されて
古~い建物って思って帰りました
宿泊も可能とか・・・ヤダ

2010/06/24 (Thu) 15:10 | REPLY |   

Leave a comment