柳原・忠魂塔傍に残る水丁場の碑




[ 高知県高知市鷹匠町2丁目 ]


水丁場ちゅうがは、土佐藩が城下町へ水害が及ばんように、鏡川や江ノ口川をはじめとして数多くある堀川を整備するための治水工事を繰り返し、寛文12年(1622年)に「水丁場之事」という法令を布告し、鏡川沿いに12ヵ所の水丁場を設け、堤防を洪水から守るための防衛分担区域の毎に、武士と町人が協力して水防にあたるという組織を作ったがです。

日根野道場跡”近く - 水丁場の碑 2009.08.25でもご紹介しちゅう、鏡川に残る石碑の一つなが。


[ アクセス ]

・土佐電鉄電車「グランド通」電停下車 約320m。
・土佐電鉄電車「枡形」電停下車 約350m。
・土佐電鉄電車「上町一丁目」電停下車 約470m。

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