彦根藩邸跡 - 京都



[ 京都府京都市中京区南車屋町 ]


安政5年(1858)、大老となった彦根藩主・井伊直弼は、将軍後継問題で一橋派や尊王攘夷派志士らに対する弾圧、安政の大獄を起こすがです。

この安政の大獄で弾圧されたがは、尊皇攘夷や一橋派の大名・公卿・志士(活動家)らが、約100人以上にのぼったそうながです。

しかし、安政7年3月3日(1860)、江戸城桜田門外にて、水戸藩の浪士らが大老・井伊直弼の行列を襲撃した桜田門外の変で暗殺されるがです。

この事件を切欠に幕府の威信は崩れ、幕藩体制の崩壊へと向かうことになるが。

皮肉なことに井伊直弼が桜田門外に倒れた後の彦根藩自体も、藩論が分かれ体勢は勤王に転じたがじゃそうです。

この彦根藩邸は、京都における連絡事務所的な存在じゃったがですと。
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