西川耕蔵邸跡



[ 京都府京都市中京区中之町(三条通) ]


西川耕蔵は、京都の書店文石堂の分家を預かる西川太助の子に生まれ、梅田雲濱に学び勤王家になった人で、一時期、父の郷里の近江に居ったみたいじゃき、近江の勤王家とされちゅう。

安政の大獄で梅田雲浜が捕らわれた後、三条実美に朝廷の新体制を説き、志士と朝廷内部との連絡を計ったり、天誅組の挙兵の際には、軍資金の調達もしちゅう。

元治元年6月の池田屋騒動の際、新選組の急襲を受けたけんど逃れきったがです。

が、聖護院の寓居に隠れちょったところ捕えられ,慶応元年(1865)2月11日、六角獄舎で斬罪とも、病死とも言われちょります。
関連記事

  



0 Comments

Leave a comment