武市瑞山寓居跡




[ 京都府京都市中京区上大阪町 ]


武市半平太が、在京時に寓居(仮住まい)しちょった、場所ながです。

当時の名は、旅館「四国屋」。

「丹虎」とも呼ばれた旅宿跡なが。

当初は土佐藩邸を拠点としちょったけんど、木屋町姉小路の此処に場所を移して、数々の密議がを交わされたが。

京都における、土佐勤王党の拠点となったがで、多くの尊王派の志士達が昼夜を問わず集まり、激論が交わされたとか。

現在は、料亭「金茶寮」となっちょり、直ぐ右隣には吉村寅太郎寓居跡の碑が建っちょります、幕末にはこの界隈に多くの勤王の志士達の隠れ家があったがです。

池田屋事件の時も、土方歳三率いる別働隊が、ここににも踏み込んだけんど不審者が見つからず、池田屋に急行しちゅう。

因みに、此処から池田屋までは100mもない場所ながです
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