吉村寅太郎寓居跡



[ 京都府京都市中京区上大阪町 ]


吉村虎太郎は土佐の庄屋の子で、武市半平太の土佐勤王党に加わり脱藩して国事に奔走するけんど、捕えられて送還される。

文久3年3月再び上洛してここに住み、尊王攘夷運動の中心の一人として活躍し、同年8月、尊攘派公卿の中山忠光を擁して天誅組を結成するが、大和国吉野で敗死したがです。

ここはその吉村虎太郎が、数ヶ月程住んじょった場所がながです。
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