函館ハリストス正教会 - 坂本龍馬に助けられた命の行方





[ 北海道函館市元町 ]


龍馬の活躍の場を考えたら、高知県内の情報だけではやはり物足りなくなって来たがでして、今日から不定期に高知県以外の龍馬や幕末関連の所縁の地を[幕末他藩]龍馬関連番外編として、ご紹介しますき。

最初は、山本琢磨。

事件のおさらいを、坂崎紫瀾の「汗血千里駒」から。

ある日のことじゃけんど、琢磨は旗本の中間らしい者とぶつかったと思いや。

その時、琢磨は少々酒に酔うちょったき、口論となって相手を突き飛ばしたがやと。

ほいたら、たまーるか相手は”たまげた”ようで、こりゃー遺憾ちやと思うたか、ビックリこいて逃げ出してしもうたそうながよ。

多分その時、慌てて逃げたがじゃろうねー、風呂敷包が残されちょったと。

琢磨は、何じゃろうーと思うて包みを開けたら、あっと驚く~~、玉手箱じゃったと。

ん?イカン!イカン!、間違ごうたき・・・・・なんとまー、柱時計じゃったと。

当時は珍しい物じゃきねー、丁度金に困っちょった琢磨さん、良からぬ気持ちがこじゃ~んと湧いて来たが。

人間、魔が指す事があるちゅうけんど、琢磨さんにゃ丁度この時がそうじゃったがやき。

「あの豊臣秀吉でさえ、5両の金を盗んだ事があるろー・・・」と、近くの時計屋に持ち込んで金に換えたら、あ~ら不思議、あっという間に懐が暖こうなったが。

一方の、中間風の男の方は、主人に「柱時計はどないしたんや?」・・・これも違うなー関西じゃないき、「どうしたんだい?」と聞かれて、まさか自分が喧嘩になって落としたとも言えんやか。

しょうがないき、「奪われたがや」とウソを付いたがよ。

こりゃー遺憾。

こらそのままにゃ出来んねや、と主人が町奉行所に届け出た所から、さあ大変!、事がおおきゅうになってしもうたがよ。

そんで、役人が江戸中の時計屋を調べた所、土佐人らしい風体の男が浮かび上がり、山本琢磨と知れたが。

江戸時代の役人も優秀じゃのー。

そんで、江戸の土佐藩邸に、「琢磨を渡せ!琢磨を渡せ!」と役人が来たもんじゃき、一大事じゃーと土佐藩邸はエライ騒ぎになってしもうたがやと。

後は、龍馬伝にもあったけんど、土佐藩の恥じゃき「一刻も早よう腹を切らせるべきじゃ」となったが。

「ありゃー、ばれたかよ!」、てな程度の話じゃのうなった当の琢磨さん、さどや顔面蒼白で一気に奈落の底・・・・・。

そこに現れたのが、天使でも神さんでもない、正義の見方。

いや、坂本龍馬じゃったがよ・・・。(^^ゞ

「こんな事で命を無駄にせんと、大事にして早う逃げや。またいつか会えるろーき。」、と言って懐の財布を琢磨に渡し、去って行ったがでした。

ヒィヤーカッコ良い!!憎いね。この色男・・・・とは誰も言うちょらせんけっど、琢磨は、「龍馬の御蔭で救われた命じゃ。生まれ変わた気持ちで生きて見よう」と、夜陰に消えて行ったがでした。

おしまい・・・・めでたし、めでたし・・・(^^ゞ

坂崎紫瀾の「汗血千里駒」から、オンチャンが面白可笑しゅうに、誇張して書いちょります。!(^^)!


江戸から逃避した琢磨は、東北各地を転々とし新潟に辿り着き、前島密から箱館行きをすすめられるがです。

函館に落ち着いた琢磨は、腕に覚えがあった剣術で生計をたてるため道場を開いて、函館の町の名士らーと親交を持つ中で、箱館神明宮(現・山上大神宮)宮司の沢辺悌之助と知り合い、娘の婿養子となり、沢辺姓を名乗るようになるが。

当時の函館は、既に開港されちょっって、ロシア領事館員の中に子弟に日本の武術を学ばせたいという者がいて、その指南役となり領事館に出入りするようになり、ロシア正教会のニコライ神父を知るようになるがです。

琢磨も元は攘夷論者。

ニコライが日本侵略に向け情報収集しゆうスパイじゃないかと疑念し、殺害をも覚悟して刀を腰に帯びニコライを訪問したがですが、「ハリストス正教が如何なるものか」を説かれるうちに心服し、教理を学ぶようになって行ったがです。

その後、日本ハリストス正教会の最初の信者になって、伝道者としてなって行くが。

その琢磨所縁の場所が、写真の函館山の麓にある「函館ハリストス正教会」ながです。

当時、キリスト教はまだ邪教の時代じゃし、神道の祭司職が改宗したことへの迫害もあり、家族を残し布教の旅に函館を離れるがです。

しかし何度か捕縛・投獄されるがですが、やがて明治政府によってキリスト教が認められるようになって、やっと自由の身となりさらに伝道に力を入れて行ったがです。

一度は、江戸で失なっちょった命じゃったけんど、生き延びて後年は東京神田にある東京復活大聖堂(通称:ニコライ堂)の建設に携わるがです。

大正2年(1913)、坂本龍馬に助けられ命は78歳で天寿を”まっとう”しちょります。
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2 Comments

オンチャン  

Re: 中平さんへ

函館にも、北海道坂本龍馬記念館がありますしね。

http://www.ryoma1115.com/index.html

こちらも、今年は賑わっているようです。

あと函館には、佐幕派の土方歳三や榎本武揚も渡っていますよね。

実は、浦賀に来たペリーも寄航しているんですよ。




2010/05/14 (Fri) 20:29 | REPLY |   

中平  

北海道にも 坂本龍馬のDNAがあるのですね

高知まで来れない方は 琢磨さんや甥ごさんの足跡をたどるのもいいですね。

2010/05/14 (Fri) 17:44 | REPLY |   

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