武市瑞山・富子の墓



[ 高知県高知市仁井田 ]


妻の富子は、土佐勤王党への弾圧が始まって武市瑞山が投獄されると、その日から自分も夫の辛苦を共にするために板の間で寝て決して畳で眠らず、夏は蚊帳もつけず、冬は蒲団を使わずに過ごしたという。

また、死罪になるまでの1年9ヶ月余り、囚われちょった牢に毎日3食を欠かさず差し入れ、また夫を慰めるため書籍や自作の押絵なども共に差し入れていたというがです。

瑞山の死後、家財を没収され、困窮生活を送っちょったそうですが、明治39年に元・土佐勤王党員じゃった宮内大臣・田中光顕」が、苦しい生活を送ちょった富子夫人を見つけ、一家に心から誠意をつくしたそうながです。

そんな富子も大正6年(1917)まで存命しちょったようですが、今は夫・瑞山の傍に眠っっちょります。

今日5月11日は土佐勤王党首領・武市瑞山(半平太)の命日じゃったがですき。


[ アクセス ]

・はりまや橋から、土佐電バス「前浜線・前浜行」で約20分、「瑞山神社前」下車、徒歩スグ


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