尾崎幸之進邸跡 - 忠勇隊に参加し禁門の変で散る



[ 高知県高知市越前町2丁目 ]


天保11年(1840)、高知城下小高坂村郷士・尾崎直保の子として生まれちょります。

剣術は坂本龍馬も修行に励んだ、日根野道場に通うちょり、槍術も得意じゃったそうです。

文久元年(1861)、土佐勤王党に55番目に加盟し、山内容堂の身辺を警護をする五十人組に参加しちょりますが、その後の文久3年に始まった土佐勤王党への弾圧を切欠に脱藩して長州藩に行き、土佐を脱藩しちょった松山深蔵が隊を率いる浪士部隊・忠勇隊に加わったがです。

当時、忠勇隊には中岡慎太郎や池内蔵太ら土佐者も多く参加しちょりました。

しかし禁門の変で、堺町門を警備しちょった越前・会津の藩兵と激戦となり、25歳で戦死しちょります。

此処には、邸跡を示す案内などは無く、現在は小高坂更生センターが建っちょります。

彼もまた無名の志士ではなく、維新への道を築いた顕彰するべき志士達の一人なんですが、龍馬ファン以外知る人は居らんがですき。


[ アクセス ]

・土佐電鉄「上町1丁目」電停下車、北に約500m。
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