紅葉橋 - 昔の名前は雁切橋









[ 高知県高知市鴨部 ]


藩政時代、此処には「渡し船」があったのみで橋はなかったけんど、明治2年に橋が架けられ「雁切橋」と呼ばれちょったそうながです。

橋の名前は「雁切橋袂にあった処刑場付近 2010年03月21日」でご紹介したように、この橋の下流に処刑場があって雁切川と呼びよったきです。

けんど、あんまりにも陰湿な名前じゃき、現在は「紅葉橋」として鏡川に架かっちょります。

坂本龍馬も、此処ら辺りにあった「渡し船」を使うて対岸(南岸)に渡り、広い世界に脱藩して行ったと思われるがです。
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4 Comments

オンチャン  

Re: hiroki さんへ

> 普段通ってるとこや見てる風景も調べたら色んな由来があって面白いですね 自分も最近は道にある石碑とかを注意深く見て本やインターネットで調べたりしてます ブログで紹介されてたとこも色々と行ってます そして調べる度に高知の奥深さを感じます

自分の故郷の事を知るって、楽しいよねー。

オンチャンも、まだまだ知らん事が一杯あるがです。

2010/03/26 (Fri) 22:34 | REPLY |   

hiroki  

紅葉橋ってそういう由来があったがですね
自分は紅葉橋のすぐ南の西高に通ってました 高校の遠足で紅葉橋に行ったんですけど友人と「どうしてこの橋って紅葉橋っていうがやろうねぇ」って話になりましたが当時はインターネットを見る機会が無く調べれずでした 高校卒業以来紅葉橋を通る機会も無く何となく忘れてましたがあの時の謎が解け、紅葉橋を自転車で通ってた思い出がどんどん蘇ってきました ありがとうございます

普段通ってるとこや見てる風景も調べたら色んな由来があって面白いですね 自分も最近は道にある石碑とかを注意深く見て本やインターネットで調べたりしてます ブログで紹介されてたとこも色々と行ってます そして調べる度に高知の奥深さを感じます

2010/03/26 (Fri) 13:57 | REPLY |   

オンチャン  

Re: おりがみ さんへ

安部晴明の式神や、渡辺綱の鬼退治等の伝説があり、死人が蘇ったり鬼が出る橋として伝えられちゅう橋じゃねー。

戻り橋という名から、婚礼儀式の時には決してこの橋を渡ったら遺憾とも言い伝えられちょり、今でも此処を通らず、遠回りするとか・・・。

2010/03/24 (Wed) 06:04 | REPLY |   

おりがみ  

かわのほとりー

親戚の家に行くときに通る橋です。
由来は夫から聞いたのか・・いや、義兄から聞いたのでした。
京都には一条戻り橋だっけ?河原って・・なんかこわいですね。

2010/03/24 (Wed) 00:43 | EDIT | REPLY |   

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