西内清蔵の的場



[ 高知県高知市山ノ端町 ]


西内清蔵は土佐藩百人並郷士の家に生まれ、徳弘考蔵と並び称された藩の砲術家・田所左右次に砲術を学んじょります。

その後、この辺りにあった自邸に的場を設け、砲術を指南しちょりますが、坂本龍馬も稽古をしたそうながです。
[ アクセス ]

・土佐電鉄にて「上町2丁目」電停下車、徒歩約450m。

・土佐電鉄にて「上町4丁目」電停下車、徒歩約560m。
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3 Comments

キバシガラス  

知識が1つ増えました。

どうもです。

最近は鉄砲の所持について,相当厳しくなっているようですが,
当時も「鉄砲改帳」というシステムがあったのですね。
勉強になりました。m(_ _)m

2010/03/17 (Wed) 08:29 | REPLY |   

オンチャン  

Re: キバシガラス へ

詳しゅうには判らんがですが、鉄砲の所持には許可が必要で、幕府や領主の認可を得て、毎年所持状況を記した「鉄砲改帳」などを提出したと言う記述もありますき、火縄銃等は武家の備えとして鉄砲を所持していた可能性はあるねー。

坂本家が、火縄銃等を所持しちょったかは不明じゃけんど。

2010/03/17 (Wed) 06:30 | REPLY |   

キバシガラス  

拝借(レンタル)銃 ?

拝借(レンタル)銃 ?(笑)だったとして,
弾 一発 幾らというシステムだったのでしょうかねぇ?
まさか皆 My砲を持っていたとか・・・?

2010/03/17 (Wed) 00:14 | REPLY |   

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