城八幡跡 - 高知城











[ 高知県高知市丸ノ内1丁目・高知城 ]


此処は高知城天守閣の西側、梅の段の南斜面側にある御台所屋敷跡の北裏です。

めんどくさい書き方でスマンです。(笑)

昔、此処には高知城の城八幡を始め、4社が祀られちょった場所ながです。

「城八幡」ちゅうがは、横浜城址(水口神社) - 子孫にライオン宰相・浜口雄幸 2009年12月26日でもチョコット書いたけんど、お城を建てる時に必ず八幡様も一緒に建てて祀ったがじゃそうで、高知のどんな小さな城址に行ってもあるがです。

明治以降、ここにあった4社は他の場所に移されちゅうけんど、あった場所と思われる場所にはコンマイ祠が置かれ、今でも地元のひとらーが御参りしゆうようながですねー。

最後の城主は山内家じゃけんど、その前は「長宗我部」、そんで最初の城主は「大高坂松王丸」が築いた城と言うか砦のような形式の「大高坂城」が始まりで、その後「高知城」となっちょります。

因みに「大高坂松王丸」は、「後醍醐天皇」や「新田義貞」・「楠正成」らが、「足利尊氏」らと戦った南北朝時代、土佐で南朝側として戦った武将ながです。

此処にも、こじゃんと古い歴史があるがです


[ アクセス ]

・土佐電鉄「高知城前」電停から徒歩すぐ
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