龍馬の生まれたまち記念館













[ 高知県高知市上町二丁目 ]


この「龍馬の生まれたまち記念館」は、坂本龍馬に関する施設と思うて入るとガッカリするぜよ。

あくまでも、幕末の土佐の中で、坂本龍馬の育った生家周辺がどんな環境の場所じゃっかを知る手がかりになる施設ですき。

此処からは、市内の観光スポットを観光ガイドと廻る拠点になっちょります。

詳細は → 龍馬の生まれたまちあるき を見てや!。


開館は2004年で、幕末の英傑坂本龍馬の生涯と家族、彼が生まれ育った高知市上町の歴史と文化と龍馬の後を継いだ人々についてジオラマや映像等を使用して展示する施設である。

館は東棟と西棟の2棟で構成され、西棟には観光客と市民の交流施設「ふれあいセンター」を併設する。

高知市立龍馬の生まれたまち記念館 - Wikipedia


[ アクセス ]

・土佐電鉄「上町1丁目」下車 ホテル城西館の南
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6 Comments

オンチャン  

Re: mee; さんへ

何でも造れば言いってものじゃないよねー。
総事業費は6億円、完成後の維持費も毎年発生しているのを考えたら、何をしたいのかチンプンカンプンです。
中身が無いから救われんが(爆)

2010/01/30 (Sat) 07:11 | REPLY |   

mee;  

がっかりした一人です 笑
と、言っても
以前 オンチャンが書かれていた記事を読んでいたので
ものすごく がっかりは
避けられました 笑

2010/01/30 (Sat) 02:00 | REPLY |   

オンチャン  

Re: 秘密のさいこちゃん へ

> こんなモンかなって感じでガッカリはしなかったです

そう云って貰えると、あそこで働きゆうスタッフは救われますき(爆)

> 高知でガッカリははりまや橋がピカイチですよね^^

辛~っ!まあ、しょうがないわなー(爆)
だけど、あんな風にした元凶は製紙会社じゃけんど、それを放っっちょった行政の対応のまずさと事後処理、それにその後の活性化に向けた打開策も打ち出せないまま、何十年もガッカリ名所を頂いちゅうがです。
そんでも、カラクリ時計を作ったりして、彼らは良くなっていると思っているから呆れるがです。
上から目線の彼らには、観光客や市民の考える良し悪しの基準が違うようですき。

> だけど便乗でもなんでも「見せよう」って意気込みはすごいな~と高知城の石垣工事のときも桂浜の龍馬像修復の時も関心しましたよ

確かにオンチャンも、つい最近まで行われちょった高知城の石垣工事を見よったき、実感しちょります。
あれこそ、大々的に観光につなげたら良かったんじゃないかと思うちょりますよ。

2010/01/27 (Wed) 23:06 | REPLY |   

秘密のさいこちゃん  

行ったことありますよ
こんなモンかなって感じでガッカリはしなかったです
確かにリピーターになるかって言われたらわかんないけど、そういう施設は全国どこ行ってもたくさんあるし、高知でガッカリははりまや橋がピカイチですよね^^
だけど便乗でもなんでも「見せよう」って意気込みはすごいな~と高知城の石垣工事のときも桂浜の龍馬像修復の時も関心しましたよ

2010/01/27 (Wed) 22:28 | REPLY |   

オンチャン  

Re: みや さんへ

建設当時は紆余曲折があったようで、地元民からも不評じゃったし、特に地元史家からの反発が一番大きかったように聞いちょります。
当時、既に桂浜に「坂本龍馬記念館」、香南市に「龍馬歴史館(ただの人形で龍馬の幾多の場面を構成しただけの施設で、今でもオンチャンは不要じゃと思う)」が出来ちょって、今更、何を展示するのかと言った具合じゃったそうです。
その真意は「龍馬の名前を利用するだけの施設は造るけんど、龍馬以外の重要な歴史的遺産については如何でもエエ様な、行政しかせん」と言う思いもあっって、龍馬龍馬と軽々しく、ほたえな!てところだったようです。
オンチャンも同感で、未だに武市半平太をはじめ多くの勤皇の志士達はないがしろ。
無意味な箱物を造るがじゃったら、「土佐勤皇党」に関する記念館でも造った方がまだ、市民に喜ばれると思うがです。
そもそもは、桂浜に「坂本龍馬記念館」を建てた事が間違ごうちゅうと思うがです。
「坂本龍馬記念館」こそ、上町周辺に建てるべきじゃったと思うがです。
結局出来上がっても、正直大した展示物も無いし、中身が空っぽと言われても仕方が無いような施設で、何よりもリピーターの無い施設ほど不必要な物はないでしょう!
ただ、出来あがって現物がある以上、不要な物と思うても一度でエエき見てもらいたいと思うちゅうだけながです。
それだけですき。
じゃき、此処は”龍馬の「生まれたまち」記念館”です。

桂浜は、龍馬の家から鏡川で手漕ぎの舟に乗り、浦戸湾を下って行っても10Km以上はあろうかと思うがです。
何度かは行ったことはあるかも知れんけんど、そう度々行ったとは思えんがです。
一般的に、龍馬像が桂浜にあるき、桂浜=龍馬と言うイメージで何か由来があるように思うちゅうがじゃないでしょうかねー。
実際に、桂浜と龍馬に関する事が書かれちゅう話を見たことも読んだこともないがです。
もしかすれば、オンチャンが知らんだけかも知れんけんどねー。

2010/01/27 (Wed) 22:12 | REPLY |   

みや  

龍馬人気に便乗した施設でしょうか。
はりまや橋とか行ってみたいです。
桂浜は、龍馬が遊んだ浜かと思ったのですが、ちがうようですね。

熊本には、龍馬と横井小楠が会談した四時軒があります。
薩長同盟を結ぶ前にも薩摩の帰りに立ち寄ったようです。

2010/01/27 (Wed) 20:05 | REPLY |   

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