スリーダイヤモンドに秘められた野望 - 岩崎弥太郎



NHK大河「龍馬伝」3回目の龍馬伝紀行・岩崎弥太郎ゆかりの地のシーンで、江戸に旅立つ前、村の裏手の妙見山に登り、山頂にある星神社の門扉に「吾れ、志を得ずんば、ふたゝび此の山に登らず」と書いたと言うちょりましたが、その妙見山が見えちょります。

ただ、書いたがが本当かどうかに関しては、判りませんき。



弥太郎が子供の頃に、造ったと言われちゅう日本列島。

[ 高知県安芸市井ノ口 ]



今回は、三菱のマーク(スリーダイヤモンド)に関して、オンチャンの戯言をチックと。



これは岩崎家の家紋で「三階菱」と呼ばれちゅうがです。

似たような形を何処かで見た覚えがあるろー。

そう! ひな祭りの”菱餅”と言いたいとこじゃけんど、違うが。

武田信玄の武田菱に、似いちゅうろー。

一説じゃ、甲斐源氏の末裔とされちょりまして鎌倉時代の始め頃、岩崎家になって阿波国(徳島県)板野郡吉田(現在の阿波市土成町吉田)に移り住んで、其のさらに子孫が土佐に来て安芸忠国に仕えたとされちゅう。

安芸忠国に付いてはよう判らんがですが、長宗我部元親と戦って敗れた安芸の安芸国虎の先祖か、所縁の者かと思うちょります。



これが、土佐山内家の家紋の三つ葉柏。



そんで、此方が、今じゃ知らん者は居らんと思うけんど、ご存知のスリーダイヤモンドじゃねー。

明治6年に、岩崎弥太郎が個人企業「三菱商会」を立ち上げた時に、岩崎家の家紋で「三階菱」と、土佐藩・山内家の家紋をアレンジして作ったとされちょります。


此処からが、オンチャンの勝手な想像じゃけんど、「実はお宅の家紋と内の家紋をミックスして、わが社のマークを作りましたき」と言われて、山内容堂は「そうかよ、そりゃー良かったのー・・・・・」と言うたろーか???

逆に怒ったがじゃないろうか、と疑問に思うたがです

明治2年の版籍奉還(旧藩主が自発的に版(土地)・籍(人民)を天皇に返上し、改めて知藩事に任命されること)で、土佐藩も版籍奉還し、知事には山内豊範がなったがです。

当の山内容堂は、明治維新後は内国事務総裁に就任したけんど、かつて家臣や領民であったような身分の者とは馴染まず、明治2年(1869年)に辞職しちゅうくらいながです。

一度、藩のトップまで上り詰めた人間が、倒幕をした連中や、それまでの自分の身分より下の階層と一緒に扱われるのが、屈辱じゃったとちがうかねー。

そんな山内家の紋所を、岩崎弥太郎に使われることは、最も侮辱的な事じゃたと思うがです。
いくら、岩崎弥太郎が藩のために働いて来たとはいえ、元は地下浪人の分際、世がが世なら藩主と武士の最下層の関係ぜよ。

ここで、両方の紋、三つ葉柏とスリーダイヤモンドをよう見比べて見いや。

普通に見たら、土佐藩・山内家の家紋「三葉柏」と岩崎家の家紋「三階菱」を合体させた由緒あるマークで終わるけんどねー。

もしオンチャンが、山内容堂じゃったら激怒するき。

容 堂「弥太郎、わしの家の家紋を合体させたと言うちゅうに、”柏の葉”は何処へいったがじゃ?」

弥太郎「お分かりにならんかよ、わしの家の三つの”菱”の下に、隠しておきましたき・・・」

容 堂「なんじゃとー・・・こらー \(`o'゛;)」

と言う風にねー。(爆)

三つ葉柏の「柏の葉」を、「菱」で覆い隠した図形がスリーダイヤモンドじゃろー!。

岩崎弥太郎が、土佐藩の負債を肩代わりする条件の一つにした事じゃと思う。

それも、間に立って仲介したがは後藤象二郎じゃろーと思うけんど、その後藤象二郎さえも、本心は気付いてはいなかったがじゃろー。

「殿、嫌かもしれませんが、”家紋”如きに拘るより、此処は弥太郎に藩の借金を全て肩代わりさせた方がよろしいのでは・・・・」とか何とか言ったがじゃないじゃろーか。

別に、黙っちょっても良かった事じゃと思うけんど、あえて「三つ葉柏」を使うたと公言しておかないといかん訳があったがよ。

弥太郎にはもっと大きな陰謀を秘めちょったがですき。

自分の家紋の「菱」で、山内家の「柏の葉」を隠す(=覆う)と言う事は、岩崎家の方が上で、山内家は下に置くと言う意味になるよねー。

これまで自分を含め先祖達が虫けら同然にあしらわれちょった武士の最下層から、山内家を財力と言う力で捻じ伏せたがです。

それと、岩崎家の先祖は安芸氏に仕え、のち長宗我部氏に仕えたちょったがですが、関が原の戦いで西軍に加担し敗北した長宗我部元親に代わって土佐に入ったがが、ご存知のとおり山内一豊ながです。

その後は、山野に隠れて農耕に従事しよったようじゃけんど、江戸中期の1770年頃、岩崎家の先祖がやっと郷士株を買うて武士になったがです。

もう判ったじゃろー、何が言いたいか。

長宗我部元親の仇を討ったとも見えるけんど、実は、長宗我部氏をも「下」に置いた事になるよねー。

長宗我部氏の土佐を我が物にしたのが山内一豊(山内家)なら、「スリーダイヤモンド」の下に隠れたのは山内家と長宗我部氏じゃろー。

つまり、岩崎弥太郎が、土佐一国を乗っ取った瞬間ながよ。

これが、スリーダイヤモンドに秘められた野望じゃったと思うがです。

まあ、本当にそこまで考えちょったかは判らんけんどねー。(爆)

あくまでも、オンチャンの妄想話でした。

お・し・ま・い・・・・・・・。


[ アクセス ] 

・土佐くろしお鉄道 安芸駅から車で10分
・土佐くろしお鉄道 安芸駅構内でレンタル自転車を借りられるき
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6 Comments

オンチャン  

Re: mee;さんへ

ありがとう。
図星だったかも、まったくの世迷言だったのかも、知る由も無いですが、内面の本質が歴史の一ページにも書き留められていませんから、、こう言う妄想が小説のヒントになるのかもね。
本当は、長宗我部氏を書き入れたところで、もう少し書き加えたかった事があるがです。
長宗我部氏の家紋は「壁紙 長宗我部元親 -1 2008年11月26日」をみていただけると判るのですが七つ酢漿草です。
中心に描かれている、酢漿草(カタバミ)の葉も3枚じゃねー。
これも、岩崎弥太郎は自家の菱で隠したと書きたかったがですが、そこまで書くには一寸根拠が薄いき、やめた次第です(爆)

2010/01/22 (Fri) 21:39 | REPLY |   

mee;  

こんばんは

おぉ~
おもしろいです!!
いろんな見方を知ることで、
歴史から学んで
いかせることが増えていくような気がします。

2010/01/22 (Fri) 20:51 | REPLY |   

オンチャン  

Re: 東洋劇場 さんへ

> 興味深く読ませていただきました。

珍説を読んでもろ-て、ありがとう。

> 確かにそういう見方も出来そうですね。

人によって視点が変われば、様様な憶測が出来るがですねー。

歴史的資料だって、読む人によって都合の良いように解釈されますからね。

岩崎弥太郎の、自己中心的な傲慢なイメージで考えたら、こうなったがです。(爆)


2010/01/22 (Fri) 12:37 | REPLY |   

オンチャン  

Re: 面白かったです

> 「スリーダイヤに隠された野望」
> 実に面白く読ませていただきました。

歴史って面白おかしく紐解いたら、また変わった面が見えてくるがです。
詳しいことは歴史研究家や、龍馬ファンなどが、それぞれの視点でみゆうき、歴史的な事実に基づいた話は任せちょいて、何の、と言うか、殆ど詳しい知識の無い状態で見たほうが、先入観も浅く、ホラが吹けるがです。

じゃき、面白かったと言うてもらえたら、うれしいがですよ。

> 「龍馬」「お龍」の合同法要の様子土曜日にUPします。

楽しみにしていますき。

> 勿論、オンチャンのような知識は持っていないので通り一遍の紹介です。

そんなのは関係ないですよ。

オンチャンだって、知識は無いですよ。
ただ情報を浅ーく浅ーく、見ゆうだけじゃき。
後は、変だなとか、可笑しいなとかの視点だけの、ただの雑学に過ぎませんきねー。
ようは、オンチャンの与太話です
ですき、信じちゃー如何でよ。
信じられたら”説”になるきねー。(爆)

2010/01/22 (Fri) 12:28 | REPLY |   

東洋劇場  

おはようございます!

興味深く読ませていただきました。

確かにそういう見方も出来そうですね。

2010/01/22 (Fri) 10:15 | REPLY |   

北さん  

面白かったです

「スリーダイヤに隠された野望」
実に面白く読ませていただきました。

「龍馬」「お龍」の合同法要の様子土曜日にUPします。
勿論、オンチャンのような知識は持っていないので通り一遍の紹介です。
最後に、このブログを紹介させていただきました。事後承諾ですがよろしくお願いします。

2010/01/21 (Thu) 23:52 | REPLY |   

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