楠山庄助墓所 - 少年時代に通った楠山塾の師匠



[ 高知県高知市山手町・丹中山 ]


楠山庄助は、坂本龍馬が12歳の時に通った事のある楠山塾の師匠になるがです。

入塾して直ぐの頃、上士の子と争いになって塾を止め、それ以降通うことはなかったそうながです。

司馬遼太郎の「竜馬がゆく」には下記のように書かれちょります。

十二のとき、ひとなみに父は学塾に入れた。

城下では、藩の上士の子が上町の島崎七内塾にかよい、軽格の子弟は、おもに車瀬の池次作、大繕町の楠山庄助塾にかよったが、龍馬が入塾したのは、この楠山塾である。

ところが、入塾するとほとんど毎日泣いて帰るし、文字を教えられても、竜馬のあたまでは容易におぼえられない様子なのである。

ついに、ある雨の夜、師匠の楠山庄助がたずねてきて、「あの子は、拙者には教えかねます。

お手もとでお教えされたほうが、よろしかろう」見はなされたのである。


これは子供の頃の龍馬が、甘えん坊で泣き虫で落ちこぼれと言うイメージに固着させるための、フィクションぜよ。

イメージの出所は「汗血千里駒」で、子供時代の龍馬を形容する際の鼻水やお寝小と言う言葉が、その後の龍馬本に尾ひれが付いて、イメージが膨らんで書かれるようになっちょるがですろー。
 
おまんらーも(あなた達も)、子供の頃を思い出いて見いや、1度と言わず2度・3度、それ以上も寝小便をした経験はあるろー?

無いかよ?

無いちゅう人は、そりゃー、逆に珍しいかもねー。

それに、昔は鼻水を垂らしたガキがいっぱい居ったぜよ。

龍馬の場合も、そう言う些細な事が面白可笑しゅうに誇張され、現在のイメージが出来ちゅうがじゃと思うき。

オンチャン的には、そんなに龍馬が他の子供より、出来が悪かったとは思うちゃーしません。

龍馬の場合は他の子供より年が行っても、鼻水垂いたり・寝小便しよったかもしれんけんど、極普通の子供じゃったと思うぜよ。
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4 Comments

オンチャン  

Re: みや さんへ

>わたしも「竜馬が行く」や武田鉄矢作のマンガ「おーい竜馬」で子ども時代の龍馬はオネショがいつまでも治らず勉強もからっきしだめで、泣き虫だったと思っていました。

程度の問題で、寝小便もしただろうし、普通の才能なら極端に賢くは無いだろうし、泣き虫だったとしても、何ら変じゃないんじゃ無いでしょうか。

ブログにも書いたけんど、オンチャンからすれば、極普通の子供じゃないかねー。

ようは、人間としての欠点の部分だけを取上げて誇張すれば、読む方は、駄目な子だったんだと言うイメージを植えつけられるがじゃと思わんかよ?

織田信長だって、青年期にかけては奇矯な行動が多く「うつけ者」と言われちょります。

幼少期から、家が裕福で頭が良くて非の打ち所の無いような子供だったら、余程の事で道を外さない限り、大きくなって偉業を成し得ても、後世の評価は出来て当然のような風潮にしか見ないですよねー。

子供の頃、家が貧しく苦学をしながら、偉業を成したとなれば、逆に凄い人と評価されます。

それが一般の見方じゃないでしょうか。

コメントいただいたように

>あんな龍馬でも立派になったからがんばれと親から叱咤されてたのかなと思っていました。

と書かれちゅうように、幼い頃の龍馬には英雄の影など微塵も感じられんと言う所に話の展開をもって行った方が面白くなるがです。

>一般の人は有名な作家の本やNHKの大河ドラマで見た内容を事実と思ってしまいますね。 検証しようにもどれが事実か判断するのか素人には難しいです。

オンチャンも、最初に司馬遼太郎「竜馬がゆく」を読んだ頃は、内容が真実じゃと思うちょりましたよ。

興味を持って他の作家の小説を読んだり、古い資料等を見たりしていくうちの、書物によって記述が違うことに気が付いただけです。

小説はフィクションです。

だから面白く書いていて良いんじゃないかねー。

じゃき、龍馬伝も面白いドラマとして見てる分には良いんじゃないでしょうか。

ただ、若年層の視聴者が見ればフィクションでも、真実と受け取る確立は高いですよね。

罪作りなウソは、創らないで欲しいだけながです。

2010/01/16 (Sat) 23:20 | REPLY |   

みや  

わたしも「竜馬が行く」や武田鉄矢作のマンガ「おーい竜馬」で子ども時代の龍馬はオネショがいつまでも治らず勉強もからっきしだめで、泣き虫だったと思っていました。優秀な子弟は武市半平太を目指して学業に励み、できの悪い子弟は、龍馬を見本として、あんな龍馬でも立派になったからがんばれと親から叱咤されてたのかなと思っていました。

一般の人は有名な作家の本やNHKの大河ドラマで見た内容を事実と思ってしまいますね。 検証しようにもどれが事実か判断するのか素人には難しいです。

2010/01/16 (Sat) 21:28 | REPLY |   

オンチャン  

Re: 北さん へ

そうでしたか。
きっと龍馬さんも、お龍さんも喜んだろうねー。
今頃、高見から、様変わりした江戸の夜景を二人で眺めゆうかも知れんぜよ。

2010/01/16 (Sat) 00:03 | REPLY |   

北さん  

今日、龍馬とお龍さんが百年越しの再会をしました

楽しく読ませていただいています。

今日、龍馬と妻のお龍さんの合同法要がお龍さんの眠る横須賀「信楽寺シンギョウジ」でありました。
『龍馬が眠っている京都霊山護国神社の宮司が龍馬の魂を分霊する神具「霊璽レイジ」を持参し、
二人を墓前で引き合わせる』との事でした。
大勢の方が墓参に見えていました。
護国神社の宮司さんはとても穏やかで初対面の僕にも優しく声を掛けてくださいました。
合同法要の様子を多少写真に撮りましたので後日UPしようと思っています。

2010/01/15 (Fri) 23:00 | REPLY |   

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