吉井勇 - 父・幸蔵は龍馬とお龍さんの鹿児島旅行に同行

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[ 高知県高知市浦戸 ]


吉井 勇は、明治19年(1886)に生まれた、昭和期の歌人で脚本家じゃった人です。

その吉井 勇の歌が刻まれた歌碑が、桂浜の坂本龍馬像の近くに建てられちゅうがです。

説明板にも書かれちゅうように、歌は昭和6年に初めて土佐に来た時に詠んだ「土佐百首」の中の歌ながです。

「大土佐の 海を見むとてうつらうつら 桂の濱に われは来にけり」と刻まれちゅう。      

その後、昭和8年(1933)に妻と離婚し失意のうちに歌行脚を重ね、土佐の「猪野野」ちゅう所に隠棲し、昭和12年までの数年を土佐で過ごしちゅうがです。

そう言う経緯があるき、高知県内には隠棲し棲んだ香美市には吉井勇記念館があり、また歌碑も数箇所に建っちょります。

直接は関係ないけんど、祖父は旧薩摩藩士・吉井友実(後に吉井幸輔)と言う人で、幕末期に西郷隆盛・大久保らーを始めとする精忠組の中心人物として尊皇討幕運動に奔走した人物ながです。

そうした関係からか、その子・吉井幸蔵(吉井 勇の父)は、こんまい頃に坂本龍馬とお龍さんが鹿児島へ新婚旅行に行った際に、会うちょると言う記事が今朝の高知新聞に出っちょりました。

吉井勇の父龍馬を語る 2009年12月28日11時18分

坂本龍馬とお龍さんの鹿児島での旅行に、当時10歳じゃった父の吉井幸蔵が一緒に同行した際の思い出話を、「或日の龍馬」として、吉井 勇が文章にして残したそうながです。

小松帯刀の家で見た坂本龍馬の事を「がつしりした体付の、目の鋭い、三十一二位の男」と、お龍さんの事を「利巧さうな二十四五の女」という風に見たようじゃき。

詳細は吉井勇記念館や坂本龍馬記念館に行ったら見えるそうじゃき。


[ アクセス ]

・はりまや橋電停から徒歩すぐのバス停「南はりまや橋」から、県交バス桂浜行きで30分
 バス停「桂浜」下車 徒歩5分
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4 Comments

独眼竜馬 さんへ">

独眼竜馬 さんへ  

Re: 所見を謹呈

独眼竜馬 さんへ">

コメントありがとうございます。

2013/03/16 (Sat) 21:14 | 独眼竜馬 さんへさん">REPLY |   

独眼竜馬  

所見を謹呈

いつも楽しく拝読仕り候。
されど、貴記事中の高知新聞リンク先にアクセスできませんでした。
既にリンク削除されているものか、或いは当方の設定が何かしら妨げているものでせうか。
いずれにしても、新聞記事の引用については寛容な世相となることが、webとは別の次元で次世代における新聞の存在意義が見出されるように思われ、実現が願われてなりません。

2013/03/16 (Sat) 17:59 | REPLY |   
オンチャン(とさっぽ)">

オンチャン(とさっぽ)  

Re: 北さん へ

オンチャン(とさっぽ)">

> 人のつながりと言うものはまっ事、不思議ですね。

そう思うでしょう。
自分自身も、今年一年龍馬関連を追いかけて、偶然とか単なる縁だとか言えないような、思いをしました。
やはり、みんなー、時代の歯車の一部だと・・・。

2010/12/21 (Tue) 21:08 | オンチャン(とさっぽ)さん">REPLY |   

北さん  

人のつながりと言うものはまっ事、不思議ですね。
吉井勇の父が龍馬の新婚旅行の道案内を・・。
高知新聞の記事、興味深く読ませて頂きました。

2010/12/21 (Tue) 20:35 | REPLY |   

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