野村維章生誕地 - 数少ない海援隊士の生き残り

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[ 高知県高知市越前町2丁目 ]


この碑も、何時も通りゆう道の脇に建っちゅうがですが、とんと気が付かんかったがです。

写真のように、電柱の影に半ば埋もれるような状況に置かれちゅうき、誰も「石碑」じゃと気付く人もおらんがじゃろうねー。

なんとも、歯がゆい思いながです。

野村維章は、弘化元年(1844)土佐藩士・白札格の野村亀四郎の長男として生まれ、代々砲術を得意とする家柄じゃったき、万延元年父・亀四郎に従い江戸に出て江川太郎左衛門の門に新式砲術を学んじょります。

その後、英語の習得のために行った長崎で坂本龍馬と知り合い、慶応二年に土佐を脱藩して亀山社中に参加し、海援隊として活躍しちょります。

数少ない海援隊士の生き残りとして維新後は新政府に出仕し、茨城県令をへて検事となり、東京控訴院検事長、函館控訴院長などを歴任し、明治36年に60歳で病死しちょるがです。


[ アクセス ]

・土佐電鉄「上町2丁目」電停下車、徒歩で北に約450m。
 上町二丁目の交差点から3つ目の信号の角のガソリン・スタンドを右折し、ガソリン・スタンド傍の電柱の脇。
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