井口城跡 - 本山氏配下、井口勘解由の居城

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[ 高知県高知市井口町 ]


坂本龍馬所縁の永福寺の直ぐ西北にある小山が、土佐の戦国時代の井口勘解由(かげゆ)の居城・井口城跡ながです。

井口勘解由は、長宗我部の最大のライバルちゅうか宿敵じゃった、本山氏の配下じゃったがです。

永禄3年(1560)、長宗我部元親の重臣・吉田備中入道孝頼(周孝)らに攻められ、一端は優勢になったがですが、再度の猛攻にあい、討ち死にしたそうながです。

井口勘解由と吉田孝頼とは旧知の仲じゃったそうで、吉田孝頼は降伏するように説得したけんど拒まれて、長宗我部軍の攻撃を受けたがじゃそうです。

何でも頂上には松ノ木があって、その下に井口勘解由は埋葬されちゅうとか・・・・・。

因みに、上には登れんき確認は出来んがです。

落城後の井口城は吉田孝頼に与えられ、現在の永福寺が居城じゃったそうながです。


[ アクセス ]

・はりまや橋から、土佐電鉄「伊野・朝倉・鏡川橋」方面行きに乗車。
 「上町五丁目」もしくは「旭町一丁目」下車、徒歩約5分。
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