川島家 - 龍馬の継母・伊与さんの元の嫁ぎ先

IMG_4038.jpg

IMG_4042.jpg

[ 高知県高知市仁井田  ]


龍馬が12歳の時、実の母・幸さんは亡くなっちょりまして、その後に父・八平さんの後妻になり、龍馬や乙女姉さんの継母になった人が川島伊与(伊興)さんながです。

伊与さんは高知城下、九反田の土佐藩御用人・北代平助の長女で、この川島家に嫁いで来て子供にも恵まれたがですが、息子さんとご主人を亡くし、その後、此処・川島家を実家として、坂本家に入っちょります。

元々この川島家は、藩政時代には「下田屋」という屋号の御用商人として知られちょって、木材などを扱う大そう大きな廻船問屋じゃったがです。

当時の川島家の当主・伊三郎さんと言う人は”ヨーロッパ”という通り名もあった位、外国通の人じゃったそうで、坂本家とこの川島家とは以前から付き合いのあった関係で、龍馬もこんまい時から乙女姉さんと鏡川から船で、よう川島家に遊びに来よったがじゃそうなが。

ほんで遊びに来ては、珍しい外国の話を聞いたり、世界地図などを観るのが楽しみじゃったと言う事ながです。

龍馬が外国への興味を持ったのも、この頃からでしょうかねー。

後に、継母となった伊与さんとも、こんまい時から顔見知りじゃったき、父・八平さんの後妻で坂本家に入っても、自然と親子の関係は築けたがじゃろうと思うちょります。

龍馬を大そう教育したがは乙女姉さんじゃと言われちょりますが、伊与さん自身も川島家で見聞きした外国事情を龍馬に教えたかも知れんがです。

それに、”男は強くて優しくないといかん”と教えていたと言われちょり、龍馬の人生感や人格形成にも多大な影響を与え、人間的に一回りも二回りも大きくした人じゃと思うちょります。

もともとそうした海外に対する基礎知識を持っちょった龍馬にしてみたら、黒船襲来で騒ぎまわる周囲の動揺は可笑しくもあったろうし、勝海舟やジョン万次郎、河田小龍らから得た海外事情は、すんなりと受け入れる事が出来たがじゃないがですろうか。

そう言う意味でも伊与さんもまた、龍馬に関わるべき歴史の歯車の一部として、必然的に為るべくして、最初からプログラムされちょった一人じゃと思うがです。

元々この川島家は、もっと浦戸湾に近い所にあったがです。

なんでも、龍馬最後の帰郷の際に潜伏しちょった中城家の直ぐ隣じゃったそうながですき、古くから中城家とも顔見知りの関係じゃったがですねー。

現在、この地にあるのは土佐を襲った安政の大地震の際に津波の被害にあい、此処に移って来たそうながです。

龍馬が20歳の時じゃねー。

それから13年、龍馬が最後の帰国を果たして実家に帰った時には、伊与さんも既に亡くなっちょりました。

亡くなったのは、慶応元年(1865)、六十二歳じゃったそうです。

因みにNHK大河・龍馬伝では坂本伊與役を”松原智恵子”さんが演じるそうながです。

* 一般の民家ですき、見学は出来んがです。


[ アクセス ]

・はりまや橋(8番乗り場)より、土佐電バス「種崎線(下り)・種崎行」で約20分「仁井田森田前」バス停下車、徒歩約300m
関連記事

  



0 Comments

Leave a comment