谷時中の墓 - 「土佐南学」中興の祖













[ 高知県高知市横浜東町 ]


慶長4年(1599)あるいは3年安芸郡甲浦に生まれ、父は浄土真宗の僧で後に瀬戸村真乗寺に移住。 
  
雪蹊寺の天質上人から儒学を学び、野中兼山、山闇齋らに教え、藩政を支える学問にまで発展させた。

自身は官途につかず瀬戸村の低地を干拓し耕地を開いた。

晩年田地や山林を播磨屋宗徳に売却し、息子の京都遊学の費用に当てた。

慶安2年12月死去。

後年村人はその功績を讃えるため墓に祠を建て清川神社と称した。  
      
高知市教育委員会の説明板より


東洋町にある「真乗寺(浄土真宗大谷派末)」は、西暦1588年妙禅尼「開基」の草庵と言われちょって、文禄3年(1594年)に「谷修理」の領地(東股道場山)に再建以後、代々、「谷」家が住職となっちゅうお寺で、「谷時中」の生まれた所やと言うことです。

公益社団法人 高知県森と緑の会より


1598(慶長 3)~1649(慶安 2)で名は「素有」、通称「大学」、僧名は「慈沖」。

「時中」は”号”で、藩には仕えず、生涯在野ですごしたそうなが。

因みに、「高知市教育委員会の説明板」に出てくる「播磨屋宗徳」は、はりまや橋(原型)を架けた人ながです。

また機会をみてご紹介するき。


[ アクセス ]
・はりまや橋/南はりまや橋(10番乗り場)より、
 県交通バス「横浜ニュータウン・南ニュータウン・リハビリセンター方面/横浜ニュータウン行」
 県交通バス「長浜・みませ方面/みませ行」
 で約15分、「横浜」バス停下車、約250m

・はりまや橋/南はりまや橋(10番乗り場)より、
 県交通バス「長浜・みませ方面/みませ行」で約15分、「横浜」バス停下車、約230m
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