日々削り取られて行く標高 - 鳥形山

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[ 高知県吾川郡いの町から見た、鳥形山 ]


此処から、直線距離で≒35Kmの場所に、山頂部分が白く禿げ上がった山が、痛々しく横たわっちょります。

山の名は「鳥形山」。

一帯は「平家落人の伝説地」としても有名で、源平合戦の「安徳帝」が横倉山の行宮に御遷幸の途中、通称「八畳岩屋」に休憩したおり、源氏になぞらえて白鳥を飛ばし弓を引いたと、弓は白鳥の片羽にあたったけんど、白鳥は片羽のまま遠く青空へ飛んで行ったと。

天皇はこの白鳥の飛ぶ様を見て、この山を”白鳥(しらとり)片羽山”と宣うたがが、何時の時代からか「鳥形山」と呼ばれるようになったと言われちゅうそうながです。

昔は標高が1,459mもあって、「剣山」・「石鎚山」に次いで”四国屈指”の名山として名高かった山ながです。

鳥形山の近くには、北に「中津山(1,541m)」、南には”四万十川の源流”「不入山(1,335m)」があり、「四国カルスト」の一環をなす山じゃったがです。

それが今では(写真の白い部分)、”日本一の採掘量”を誇る石灰鉱山として有名で、昭和46年から露天掘りによる採掘が始まってからは、年を追うごとに山の形も、標高も変わってきちゅう山ながです。

日本の高度成長期に始まった採掘事業は、当時の県と村が民間企業の誘致を推し進め始まった。


環境対策

鉱山周辺の沢には、三十数ヶ所の砂防堤を設けて、土砂の流出や河川の汚濁防止を図り、除去した表土は、山腹に設けた堆積場に運び、樹木を植えて緑化している。・・・・・・

(高知県政策総合研究所・平成十二年訪問記述による)


と言う記事があった。

とは言っても2009年現在の標高は1,340m と≒100mも山頂部が削られてしまえば、周辺への風や雨による影響は、年々変化して来ているはず・・・・・。

事業の賛否を語るは難しいけんど、写真の通り、遠くから見ても明らかに環境破壊の何者でもない。

標高800mから頂上までは企業に買収されちょりますき、刻々と鳥形山周辺の自然環境は破壊され、修復不可能な山になりつつある。

特に、一度破壊された地形は二度と元には戻らんがですき。
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