ふるさと - 日章開拓農協

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[ 高知県南国市久枝 ]


5月17日に紹介した「開拓の碑」とは別に、西に200mばあ行った所に「記念広場」があり碑があるがです。

第二次世界戦争前の昭和16年に、日本海軍に飛行場建設のため土地を接収され、多くの住民が急遽この地から追い出された。

戦争が終わって、返還されると思っちょったら飛行場は残り、北東側の土地は「高知大学農学部」と「高知高専」となってしもうたがです。

返された土地は滑走路として使用されちょったき、新たに開墾しなおさないと、水田にはならん状態やったがです。

そんで「開拓」のための組合が出来て、再び青々とする水田が蘇ったと思うたら、昭和58年に汗水たらして開墾した土地が滑走路の延長のため、再び接収されたと言う経緯なが。

それから2年後、開拓組合は解散することになったようです。

碑の裏面には「ふるさと」の一節と、次のように刻まれちょる。


その昔 ここを流れていた秋田川は地域の潤いであり 今もなお なつかしく望郷を呼ぶ 

大東亜戦が終った後 旧飛行場跡地の開拓を実施してきた日章開拓農協は 総てを終り解散するに際し 南国市高知県の協賛を得てここに記念の広場を設けた


「何のために苦労して、開墾したのか判らん」と言うのが、本音じゃないですろうか。

日頃、何も知らんと、ただ便利やと空港を利用しゆうけんど、こうした影の部分があったがです。

感謝せにゃいかんがですねー。
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