平井収次郎・加尾生誕地 - ”加尾”は「竜馬がゆく」お田鶴様のモデル

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[ 高知県高知市山手町 ]


こないだ、来年NHKが放送する大河ドラマ「龍馬伝」で、坂本龍馬の初恋の相手と言われちゅう”平井加尾”役を「広末涼子」が演じることが発表されたがです。

司馬遼太郎の小説「竜馬がゆく」のヒロイン「福岡のお田鶴さま」のモデルと言われちょって、龍馬ファンの間でも有名な女性やか。

実際の加尾も、安政6年藩命により山内容堂の妹「友姫」が三条実美の兄公睦に嫁したとき、御付きの奥女中として4年間”京”で仕えちゅう。

加尾はのちに警視総監となる西山志澄と結婚し生涯を終えちゅうがですが、晩年”立志社社員何某”が「加尾」から聞き取って書かれた「涙痕録」にゃ、「龍馬」と再会できなかった若き日のことを「女子一生の痛恨」とまで書き残されちゅうが。

もしかしたら龍馬の初恋の相手と言うよりも、「平井加尾」の方が龍馬を慕っていたのかもしれんねー。

享年72歳、東京の青山墓地に眠っちゅうがです。


兄「平井収二郎」は”坂本龍馬”と同い年で親交が深かった事でも知られちょり、幼少の頃より文武に励み、藩校教授館で教授方を勤めた漢学者・中村十次郎(西里)に学び、更にゃ伊勢国へ赴いて硯学・斎藤拙堂に儒学を学んじゅう。

武市半平太が結成した”土佐勤王党”にゃ157番目に血判署名し、”土佐勤王党”の幹部として活躍する。

文久2年に上洛してからは「他藩応接役」に任命された後、京に於ける中心的な存在となって行くがです。

「勅使三条実美」東下の際は京都に留まり、武市(半平太)瑞山と相応じて国事周旋を行い、薩長両藩の間の調停などに奔走するがじゃき。

けんど、土佐勤王党が構想する藩政運営方針を土佐藩庁が容れんがを憂慮して、「間崎哲馬」や「弘瀬健太」らと土佐の”藩政改革”を目論み、「青蓮院宮」の「令旨」を請い、藩政改革を迫ったがやけど、”佐幕派”や前藩主で隠居の身じゃった「山内容堂(豊信)」の逆鱗に触れて捕らえられ、三名は土佐に護送された後、暫く自宅謹慎の後、再度捕らえられ、土佐勤王党の犠牲者第1号となり”切腹”を命ぜられたがやか。

享年28歳。

これ以降、「山内容堂」による「土佐勤皇等」への弾圧が加速されて行きゆう。

獄中、”切腹”に際し爪書で残した辞世の句の事は有名で、墓石に刻まれた辞世の「嗚呼悲しき哉・・・・」は、藩吏により一度削り取られますけんど、明治維新後に加尾の手によって復刻されたとの事やき。

墓は坂本家の墓がある「丹中山」の東側にあるがで。

この「生誕地」の碑のある場所は、良う見んと判らんような奥まった位置にた建てられちゅう。

近くに行っても標識もないき、不親切な事じゃねー。

来年の大河のヒロイン「平井加尾」さんの所縁の地じゃと言うのに。

「万人の目に留まって見て知ってもらおう」と言うような建て方じゃのうて、「取り合えず建てちょこう」と言うような、お粗末な配慮の仕方としか思えませんのー。

場所は、山手町側から北側に抜ける道を北に行った、JRの踏み切り手前右横、一寸一段高くなった奥の方にあるが。

オンチャンも此処は何度も通るけんど、此処じゃと言う事は、実は最近まで知らんかったがです・・・・・(^^ゞ

地元のもんが気づかんがやき、ましてや観光客には判り図らいと思います・・・・・_(._.)_


[ アクセス ]
・土佐電鉄「旭町一丁目」電停より、徒歩約5分
・坂本家の墓所がある「丹中山」からスグ
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2 Comments

オンチャン(とさっぽ)">

オンチャン(とさっぽ)  

Re: toakoさんへ

オンチャン(とさっぽ)">

> 龍馬伝も終わりそうなので。。。終わったら龍馬熱も冷めるのかと
> 若干残念に思えたりします。

しょうがないですねー。
どんなドラマをやっても、どんな曲が流行っても、結局は乗り遅れないようにと言う心理と、同じ共有感からの一時的な流行になるだけですから。

ただ、今回の「龍馬伝」は、史実を逸脱したストーリーが多かったようで、間違った歴史観を持たれた事は残念です。
実際、自分も家族も、周りの友人たちも殆ど見ていないので、まず「龍馬伝」が話題になる事はありませんでした。
「龍馬伝」が終わったら如何する?・・・と、慌てちゅうがは、行政と観光業者だけで、県民や市民は意外と冷ややかにみちょります。
別にイベントがなくても、高知に来たい、龍馬の土佐に行きたい、と思うてくれる観光客はいる訳ですからねー。
その中に、今回の「龍馬伝」で龍馬ファンになった方も、必ず居ると思うがです。

> お龍さんの写真は本人のもんではないなどと言明されている本も
> あります。

写真に関しては、2008年に坂本龍馬記念館がお龍さんの写真を科学警察研究所で鑑定しています。

その結果は、ニュース報道等されましたき、ご存知かもしれませんけんど、、顔の形や顔全体の相対的配置など7項目で分析を行った結果、「別人と判定するに足る形態学的相違点は認められない。両者を同一人と判定する上で有効な形態学的類似所見が散見される。とし、”同一人の可能性がある”と結論づけられちょります。

同一人とは断定はされちゃーせんけんど、あとは見る方々、ひとりひとり推察でいいのではないかねー。

> 歴史と言うのはほんま難しいものですネェ。

特に古い歴史ほど、ご指摘通りですねー。
誰も実態を知らんがですき。
知りえる媒体は、古書しかないきねー。
それも殆どは、勝者側から記された古書しかなく、勝者に有利に書かれた物が歴史になっちょります。
現在の、そうでしょう。
ニュースが良い例で、報道する新聞・TVもあれば、報道しない新聞やTVもあるわけですから。
国民は、全てを見て、何が正しくて、何が間違っているのか、判断する必要があるがですき。
歴史も同じ、いろんな本を読むことでしょうねー。

> 龍馬伝のお龍さんは実物より大分優しいのではないかと思っていますが。。。どう思われますか?
それは、ハッキリ言って判りません!
個々にもたれている、「お龍」感でいいんじゃないかねー。
誰が、どんな事を言うても、龍馬が惚れた人にゃ変わらんぜよ





2010/11/08 (Mon) 19:48 | オンチャン(とさっぽ)さん">REPLY |   

toako  

お龍さんは。。。

龍馬伝も終わりそうなので。。。終わったら龍馬熱も冷めるのかと
若干残念に思えたりします。
お龍さんの写真は本人のもんではないなどと言明されている本も
あります。
歴史と言うのはほんま難しいものですネェ。
地元にいらっしゃるからもっと詳しい事をご存知と言う事もないのでしょうか?
龍馬伝のお龍さんは実物より大分優しいのではないかと思っていますが。。。どう思われますか?

2010/11/08 (Mon) 15:17 | EDIT | REPLY |   

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