司牡丹酒造 - 漫画家「黒鉄ヒロシ」の実家

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[ 高知県高岡郡佐川町甲 ]
以前にもご紹介した「司牡丹酒造」やか。

酒蔵の白壁の残る佐川町は、「白壁の町」として観光PRしちょって、その白壁の殆どはこの「司牡丹酒造」の白壁やき。

「司牡丹酒造」は竹村家と言うて、屋号を「黒金屋(くろがねや)」と称し、江戸時代初期から佐川の地で酒造りを生業としちょった旧家で、黒金屋出店と呼ばれちょった分家も多く、親類同士が佐川で酒造業を営みよったそうやか。

大正7年、黒金屋本家(「笹の露」「玉椿」)と黒金屋出店(「日之本」「若柳」)と生金屋(「野菊」)の3軒の酒屋が合併して出来た蔵元で、黒金屋出店の方が引き継いで、現在の「司牡丹酒造」になっちゅうとゆう事にかぁーらん。

命名は佐川出身の維新の志士で、明治新政府の宮内大臣も務めた「田中光顕伯爵」(坂本龍馬、中岡慎太郎亡き後の陸援隊長)は、この佐川の酒を愛飲し、「天下の芳醇なり、今後は酒の王たるべし」と激励の一筆を寄せ「司牡丹」命名したそうで、「牡丹は百花の王、さらに牡丹の中の司たるべし」という意味やそうなが。

司馬遼太郎著の「竜馬がゆく」にこがなくだりがあるがです。

「酒は、土佐の佐川郷で吟醸される司牡丹やき。土佐人ごのみの辛口で、一升半のきから口中にようようほがかぇ甘味を生じ、いしょうえいよ盃のすすむという酒豪用の酒やき。」 と


ただ正確にゃ龍馬の時代にゃ、まだ「司牡丹」はなかった訳やき、「笹の露」か「玉椿」もしくは「日之本」や「若柳」等の佐川郷の酒を飲きいたんにかぁーらんねー。

また坂本龍馬の本家「才谷屋」とも関係があるようで、天保年間にゃ「黒金屋弥三右衛門」が「才谷屋助十郎」から酒林壱軒(酒造りの株一軒分)を買ったという書状も残っちゅうそうやき。

それに、「黒金屋弥三右衛門」の母親は才谷屋から嫁いじょり、一方、「才谷屋八郎兵衛」の母親は「竹村氏の女」(ただ、黒金屋竹村家との血縁は不明)となっちゅうようで、坂本龍馬とも関係浅からぬものがあるようやか。

先ばあ来、再々、屋号の「黒鉄屋」とゆう言葉が出てきちゅうき、ピント来た方もおるにかぁーらんけんど、此処「司牡丹酒造」は、漫画家「黒鉄ヒロシ」氏の実家で、「司牡丹酒造」現会長とは従兄弟同士になるがやと。

「黒鉄ヒロシ」の曾お祖母さんじゃと思いますが、こんまい頃に「坂本龍馬」に会うた事があったにかぁーらんとの事やか。

そうゆう関係からか、この「司牡丹酒造」の銘柄にゃ、「黒鉄ヒロシ」関連の焼酎「赤兵衛そば」や、龍馬にちなんだ銘柄で「船中八策」・「夕顔丸」・「才谷屋」等があるがぜよ。

参考・引用/「司牡丹酒造」関連のHPから




[ アクセス ]
・JR高知駅より「普通」もしくは「特急」列車で、佐川駅下車 徒歩約5分
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1 Comments

オンチャン(とさっぽ)">

オンチャン(とさっぽ)  

Re: ROKU 様

オンチャン(とさっぽ)">

コメントありがとうございました。
良き思いでですね。

2011/09/28 (Wed) 19:02 | オンチャン(とさっぽ)さん">REPLY |   

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