国庁跡(土佐国衙跡 ) - 国府史蹟

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[ 高知県南国市比江 ]


此処は「奈良時代」から「平安時代」の頃にゃ、土佐の中心地じゃったようで、土佐の国を治める行政府・国庁(土佐国衙)が置かれちょった地域で、建物は都とぶっちゅう(同じ)ような様式で造られ、立派なものじゃったそうなが。

今じゃー面影はないけんど、おおよそこの辺が中心地じゃったようじゃき。

現在の地図で見ると、浦戸湾から結構内陸部に位置しちゅうけんど、当時の古地図を見ると、浦戸湾は現在よりま広く沿岸部の平地は湿地帯が多かったがやき。

そんで、移動や物資の運搬等を考慮されたのが、この地じゃっようですき。

因みに山内一豊がの土佐に入った頃の高知城も周辺も湿地帯じゃったがうで、築城にも困難をきたしたようぜよ
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