記念の滝 - 龍河洞




洞内マップは「国指定史蹟天然記念物 龍河洞」HPより拝借しちょります。


[ 香美市土佐山田町・龍河洞 ]

承久の乱(1221年)で土佐に御還幸の「土御門上皇(83代)」が、現在の香美市香我美町脇の磯の行在所に居った頃、鍾乳洞の噂を耳にして入洞した時、不思議にも目もさめるような一匹の「錦の小蛇」が現れ上皇を案内したそうながです。

無事に洞窟探索を終えられた上皇は、洞内の奇観に感銘し剣と玉を賜り、供奉した原権七郎と言う里人に「錦の小蛇」の霊を祀るようにと言う伝説があって、洞の入口に龍王神社(2008.08.18 「入口」と「出口」 - 龍河洞の記事でも紹介)として、入洞者の安全守護の神として祀るられちゅうがです。

この時の上皇の龍駕(乗り物)が転じて、現在の龍河の名称の起源とも伝えられちゅうがです。

と言う事で、昔から不思議な洞窟じゃ言うて知られちょりはしてたがですが、その距離は入り口から400mで、この「記念の滝」までじゃったがです。

昭和6年6月7日に、 県立中学海南学校の教諭山内浩、松井正実両氏は、今のように十分な登山用設備等の無い時代に、自分達で工夫した数本の継ぎ梯子で落差約11mのこの滝を登り、その奥のわずかなすき間の先に延々と広がる大洞穴を発見し、「天の川」まで到達したがです。

彼らは水が上から落ちて来るがじゃき、ここで終わりじゃのうて、まだ先があるんじゃないかと言う事に疑問を持ったのが切欠でした。

彼らの功績により未発見ルートの調査等が進み、洞穴の総延長は約4キロ、西本洞、中央洞、東本洞の3洞を幹線として多くの支洞がある事が判明したがです。

この滝の名前が「記念の滝」と付けられちゅうがは、そうした理由からです。

現在、一般観光用コースとして約1キロ、約30分の洞窟探索が出来るようになっちょります。


[ アクセス ]
・JR「土佐山田」駅下車、土電バス「龍河洞」行きで20分、「龍河洞」下車、徒歩直ぐ。
   交通の便があんまりようないきに、バスの時間は要チェックしてや。
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