朝倉古墳 - 朝倉

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[ 高知市朝倉 ]

朝倉神社のご神体である「赤鬼山」の麓沿いに、土佐三大古墳の一つ「朝倉古墳」があるがです。

明治初期に開墾の際に、石室内部から須恵器・馬具・鉄鏃が出土そうじゃけんど、現在のように考古学が発達していなかったため、せっかく発掘された遺物は散逸し現存していないそうながです。

円形の墳丘は、開墾時の削平でご覧のように横穴式石室が露出しちゅうがです。

玄室は長さ5.4m、幅2.6m程で巨石を使った巨石古墳の1つでして、南国市の小蓮古墳・明見1号古墳と合せて土佐の三大古墳と言うがです。

石室の巨石は綺麗に積まれちょって、石室の築造様式から7世紀前半との事です。

朝倉神社のところで書いた「日本書紀」の”斎明天皇”の条に書かれちゅう、「朝倉の宮を建てるため、朝倉の社の木を切り 払ったところ神が怒って殿を壊し、宮のなかに鬼火が現われ、 病死する者が続出した。」とされる「朝倉の社」は、この朝倉神社で、御神体は背後の「赤鬼山」じゃと言う伝承が、この朝倉の地にも残ちゅう・・・・・と言う時代が、7世紀後半になりますきに、大化の改新の前にはここらあたりには大きなj権力支配があったと思うがです。

ちょっと思いついたのは、関係ないと言われるかも知れんけんど天皇家や藤原氏などから「鬼」として扱われたのが「物部氏」や「蘇我氏」じゃったとか・・・・・。

と言う訳でこの墓の主も、その関係じゃろーかと思うたり・・・・・(^^ゞ


[ アクセス ]

・JR朝倉駅から徒歩約10分
・土佐電鉄伊野線 「朝倉神社前」駅下車、徒歩約5分
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