自由民権運動の政論家 - 馬場辰猪誕生地

081222.jpg

[ 高知市/升形 ]

土佐藩士の家に生まれ、藩校文武館、福沢塾(後の慶應義塾)で学び、その後、長崎に赴いてオランダ人宣教師グイド・フルベッキに英語を習う。

明治3年(1870)から11年(1878)まで一時帰国を挟みイギリス留学をしちゅう。

帰国後、「朝野新聞」や「自由新聞」などで自由民権運動を日本に紹介し、共存同衆・交詢社・国友会などの組織を立ち上げ、1881年、板垣退助の自由党に参加するが、板垣の渡欧に関して対立し、翌年脱党しちゅうがです。

1883年には東京での政治演説の禁止を申し渡されたり、1885年11月には横浜の商店で「ダイナマイトは売っているか」と尋ねたため、爆発物取締罰則違反に問われ逮捕される。

翌年、無罪判決を受けた後、アメリカに渡って講演を行うが、1888年にフィラデルフィアで肺結核で客死しちゅう。


[ アクセス ]
・土佐電鉄「升形」電停下車、徒歩3分
関連記事

  



0 Comments

Leave a comment