五箇条御誓文 - 福岡孝弟誕生地

081221.jpg

[ 高知市/枡形 ]

「五箇条御誓文」って知っちゅうかよ・・・・歴史の授業で習っちゅうはずながですよ。

慶応4年(1868)3月14日に、明治天皇が宣布した明治新政府の基本政策ながです。

1 「広く会議を興し、万機公論に決すべし」
2 「上下心を一にして、盛に経綸を行ふべし」
3 「官武一途庶民に至る迄、各其志を遂げ、人心をして倦まざらしめん事を要す」
4 「旧来の陋習を破り、天地の公道に基くべし」
5 「智識を世界に求め、大に皇基を振起すべし」

あまりにも有名な上記5ヶ条を、五箇条御誓文と言うがですが、これ自体は公卿や大名に示された御誓文ながです。

あれ、何処かで聞いたような内容じゃと思わんかよ。

そう、坂本龍馬が長崎から京へのぼる途中、船中で新国家綱領を起草し、後藤象二郎に渡した「船中八策」が元じゃと思うちょります。

龍馬の考えた 「船中八策(新政府綱領八策)」は(司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」から抜粋)

1 「天下の政権を朝廷に奉還せしめ、政令よろしく朝廷より出づべき事」
2 「上下議政局を設け、議員を置きて、万機を参賛せしめ、万機よろしく公議に決すべき事」
3 「有材の公卿・諸侯、および天下の人材を顧問に備え、官爵を賜ひ、よろしく従来有名無実の官を除くべき事」
4 「外国の交際、広く公議を採り、新たに至当の規約(新条約)を立つべき事」
5 「古来の律令を折衷し、新たに無窮の大典を選定すべき事」
6 「海軍よろしく拡張すべき事」
7 「御親兵を置き、帝都を守衛せしむべき事」
8 「金銀物価、よろしく外国と平均の法を設くべき事」

どうぜよ、同じじゃろー・・・・・。

「五箇条御誓文」発布の翌日に出された、一般庶民に対して掲示されたがが、「五榜の掲示」

1 「五倫道徳遵守 」
2 「徒党・強訴・逃散禁止」
3 「邪宗門厳禁」
4 「万国公法履行」
5 「郷村脱走禁止 」

と内容は「君主や家長に対する忠義の遵守して、逆らうな」、「集団で謀議を計るな(例えば一揆とか)」、「邪教であるキリスト教は禁止」等など、江戸時代の支配体制となんら変わっちゃーせんがです。

龍馬の考えた「新国家建設案」とは、ちっくとちごうちょりますねー。

龍馬はもっと「庶民」と言うものを念頭に起草したがじゃないですろうか。

元々「五箇条御誓文」は「由利公正」が起草したものを、「福岡孝弟」が修正し、更に長州の「木戸孝允(桂小五郎)」が加筆して出きちゅうがために、元の草案そのものからも変わっちゅうがです。

ちくっとそれるけんど「由利公正」は福井藩士で三岡八郎とも言ったがです。

福井藩に招かれた「横井小楠」の殖産興業策に触発され、財政に窮していた藩の立て直しに力を振るった人で、坂本龍馬とは酒を酌み交わしながら二人で大いに時局などを語ったとも言われちょります。

また龍馬が暗殺された時、市内を流れる足羽川を舟で渡っちょった時、懐から「龍馬の写真」が川に流され、異変を感じたと言う話は有名で、司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」の最後に状況が書かれちょります。

「由利公正」自身も少年時代は、藩財政同様に家計もあまり楽ではなかったらしゅうて、倹約に長けた母を助けながら武芸に励んでいたようですきに、龍馬の考え方や行動に共感しちょたがじゃと思うがです。

一方、「福岡孝弟」は土佐藩重役出身であり、「木戸孝允」も長州藩内では指導的な立場にあったきに、あまり下々の「庶民的」な生き方・考え方に対して無頓着じゃったのではないかと、オンチャン的には思うがです。

「五箇条御誓文」は明治維新という時局の中では無理からぬ偉業ではあったと思うけんど、反面、「龍馬」の「船中八策」を元に「由利公正」が起草した物が、加筆・改ざんされて庶民感覚からずれたものになったがために、やがて板垣退助の「自由民権運動」にも繋がり、明治以降の舵取りの修正が出来ないまま今日にきちょる。

ようするに、新政府の考え方は「庶民(国民)」に向いたものではなく、旧態依然の封建社会を維持し、自分たちが権力を維持しようとしただけじゃき、今日にまで悪しき慣習は受け継がれ、本来「公僕」であるべき人々の支配者意識が見え隠れし、「国民」との間に隔たりのある意識差が生じちゅうとオンチャン的には考えちょります。

偏見的に聞こえるかも知れんけんど・・・・・(^^ゞ

「福岡孝弟誕生地」の碑には、「通称・勝次 維新の進歩的で偉大な政治家で大政奉還に尽力 五箇条御誓文は孝弟が由利公正 木戸孝允と協力した文案である 文部卿となり枢密院顧問官議定官となる」と、刻まれちょります。

チャンチャラ可笑しい・・・・<(`^´)>

これもオンチャン的には異論があり、龍馬の「船中八策」から「五箇条御誓文」への発布への時系列も、「大政奉還」への経緯も含め記述せんと、知らん者には彼の偉業に聞こえるぜよ。

「五箇条御誓文」の草案そのものは、龍馬の 「船中八策(新政府綱領八策)」が土台じゃと思うちょりますき。

それを「福岡孝弟」や「木戸孝允」が、「新政府」にとって都合の悪い部分を削りとっただけじゃと思うがです。


[ アクセス ]
・土佐電鉄「グランド通り」電停下車、徒歩3分
関連記事

  



0 Comments

Leave a comment