歌碑「南国土佐をあとにして」 - 五台山山頂



[ 高知城  高知市/吸江・五台山山頂 ]

ペギー葉山によって唄われ大ヒットした「南国土佐を後にして」は、太平洋戦争当時大陸で従軍しちょった郷土出身を含む「中国派遣鯨部隊(四国混成部隊)」の兵隊さんたちが、遠い内地(日本)を思って歌いよった曲が元歌で、それを作曲家の「武政英策」氏が戦後帰還された兵隊さんたちがお酒が入った席で歌いよったのを聞いて採譜し、現在のようにアレンジした歌ながです。

今でこそ「南国土佐を後にして」=「ペギー葉山」さんと言われる程の曲じゃけんど、元々彼女はジャズ歌手として活動しちょったがでじゃき、民謡が入っちゅう和風な曲調に大変抵抗感があったそうながです。

ところが「NHK高知放送」の開局という特別な依頼を受けてしぶしぶ歌ったところ、大反響となりジャズ歌手の肩書きはすっかりと薄れたのが事実のようです。
 
歌のヒットによって、 日活映画が「小林旭」を主演にた同名の映画を製作し、歌同様に大ヒットになり、「小林旭」もまた一躍トップスターに踊りでて、「渡り鳥シリーズ」へと繋がって行くがです。

因みに映画「南国土佐をあとにして」の原作脚本はドラマ「月光仮面」や特撮ヒーロードラマ「愛の戦士レインボーマン」などを手がけた「川内康範」です。

と言うよりも、森進一が「おふくろさん」の歌詞に勝手にヴァースを付けて歌ったことで「おふくろさん騒動」となった、「おふくろさん」の作詞家といえば分かるかよ。

お陰でその後の高知は爆発的な観光ブームとなり、1959年(昭和34)高知を訪れた観光客は42万人、翌昭和35年が56万人、昭和36年には68万人と多くの観光客が押し寄せたがです。
 
この碑は、その顕彰の意味をこめて高知名所のひとつ五台山山頂に建立されたとの事ながです。

予断でオンチャンの勝手な推測じゃけんど、TBS「歌姫」ちゅう土佐清水を舞台にしたドラマがあったけんど、冒頭シーンで「長瀬智也」演じる小泉旭 が「昭和の歌姫」 と呼ばれた大歌手であり母親の言いつけで東京からやってくるがですが、この「小泉旭」は「南国土佐をあとにして」の「小林旭」のイメージじゃと思うがですが・・・・・。
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