時代と共に変遷した「はりまや橋」-3代目

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[ はりまや橋地下公園にある、保存されちゅう欄干 ]
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[ はりまや橋地下公園にある、当時の写真 ]


[ はりまや橋  高知/高知市はりまや橋 ]

昭和33年には南国博覧会のため、朱色の欄干が架けられたがです。

翌年、ペギー葉山が歌った「南国土佐を後にして」 が大ヒットし、同名の映画が創られ「はりまや橋」が全国的に知られるようなったがです。

1960年代に入って、製紙工場からの排水で、市街地河川の水質汚濁悪化し、堀川は埋められてしもうたがです。

(臭いものには蓋をしろ!と、ただ安易な発想のもとに摂られた残念な処置としか考えられませんが・・・)

その後30年以上の長きに渡り、はりまや橋は車道脇に朱色の欄干があるのみで、川の上に架かる橋をイメージして訪れる観光客からは、「日本三大ガッカリ名所」として有名になってしもうたがです。

地下にあるがです
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