立田の経塚 - 長宗我部に滅ぼされた立田土居城の戦死者と経文を埋葬

立田の経塚(南国市立田)

[ 高知県南国市立田 ]


土佐くろしお鉄道 ごめん・なはり線の立田駅の高架下を東に約400m程行った県道364号南国野市線の北側に、今回の立田の経塚があるがです。

立田の経塚(南国市立田)

県道から見ると、パット見は小屋のようにみえますが御堂でして、この裏側に経塚が建っちょります。

立田の経塚(南国市立田)

天文元年(1532)長宗我部軍に滅ぼされた立田土居城の戦没者を埋葬した場所に、この時の戦いで焼失した願成寺の経文を一緒に埋蔵したのが立田の経塚じゃそうです。

【 参考・引用 】  『南国の歴史を歩く』 高知県南国市教育委員会


天文元年(1532)じゃと云う事ですき、長宗我部元親の生まれる前の、父・長宗我部国親の時代です。

今は、周囲が畑や民家の建ち並ぶ平坦地の一角じゃけんど、明治の中期頃までは小山のような形じゃったそうですが、明治の悪法・廃仏毀釈の影響もあると思うけんど、道徳心を欠く輩達によって荒らされ、更に道路工事や鉄道工事等によって現在のようになったと云うことながです。

しかし、作業員たちが原因不明の病にかかった事で、祟りを鎮めるために祭典を行ったところ、皆全快したとも書かれちょりました。

立田の経塚(南国市立田)

この石碑の裏面にゃ大正6年とありますき、其の時に建てられたがじゃと思います。


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