伊尾木浪切不動尊 - 御神木の「梛の木は残した」

伊尾木浪切不動尊(安芸市下山)

[ 高知県安芸市下山 ]


安芸市の伊尾木を通る国道55号線・土佐東街道のバス停・伊尾木不動の近くに、この伊尾木浪切不動尊があるがです。

以前御紹介した、室戸市にある「昭和九年海嘯襲来地點の碑」もそうじゃったけんど、昭和9年(1934)の室戸台風の被害を受け、御神木の梛(なぎ)の木の一本が倒れ、残ったのはこの梛(なぎ)の木じゃそうです。

昭和九年海嘯襲来地點の碑 - 海から「海嘯」と言う恐怖が襲って来た 2014.09.24

ところが、写真の梛(なぎ)の木も、昭和44年(1969)に道路の拡張が持ち上がり伐採の危機に晒されたがですが、地元の人々の猛反対の結果、建設省土佐国道工事事務所も折れ、梛(なぎ)の木の場所を中央分離帯にして、その南と北側に上下線を通す事になったがです。

伊尾木浪切不動尊(安芸市下山)

神木 椥の木 「椥の木は残した」

昔、金二という漁師がいた。
ある時、仲間と漁にでたが、嵐にあって船は転覆仲間は見えなくなってしまった。
泳ぎに自信のない金二は無我夢中で波間をただよっていた。
その時、笹のような小枝にしがみついたところ、それがなんと日頃金二が信心している波切り不動明王の境内にある神木椥の木であった。
「あっ!お不動様の梛の木じゃ俺は助かるぞ」。
そう思うと大変な自信が湧いてきた。
こうして仲間の中から金二だけが助かったという言い伝えがある。

神木梛の木は昭和四十四年国道五十五号線拡張工事のため取り除かれる予定であったが、地元不動部落民と関係機関の努力により残すことになり、梛の木を境内の一部とともに中央分離帯として上下線を分離、国道では日本で唯一の名所となった。

梛の木の樹齢は二百年~四百年と推定される。

土佐の名木 神木梛の木保存会

【 参考・引用 】  説明板より


「梛の木は残った」だったら良いけど、説明板にも書かれちょります「梛の木は残した」は何とも傲慢な表現で無礼に聞こえますが・・・・・。

伊尾木浪切不動尊(安芸市下山)

現在の浪切不動尊は、元々の位置なのか、拡張工事で位置が変わっちゅうのかわかりませんが、コンクリートのお堂になっちょります。

波切不動尊の由来

その昔、弘法大師空海が留学先(唐)からの帰国途中に嵐に遭い、船が難破しそうになりました。
そこで、師から授かった霊木に自ら「一刀三礼」にて不動明王を刻んで無事を祈願。
するとその不動明王が火焰を放ち、利剣で波を切り裂いて航路をつくり、空海一行を導いた…という伝説が「波切不動」の名の由来です。


高野山南院の御本尊が波切不動尊ながでして、此処もそうじゃけんど全国に在る波切不動明王は、その御分霊として祀られちょるがです。

航海(海上)安全、大漁、福寿増長、家内安全,五穀豊穣、息災延命などの御利益があるとして、信仰されちょります。

伊尾木浪切不動尊(安芸市下山)

此処は海の傍ですき、漁師や船乗りたちには「梛(なぎ)の木」と、風がやみ波が穏やかになることを意味する「凪(なぎ)」に通じる所から、御神木として植えられたがじゃないかと。

また、「梛(なぎ)の木」の枝や葉は、お守りとして船に乗せ漁に出たとも言われちょります。


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