深淵神社 - 延喜式社・土佐之國二十一座の一社で御祭神はスサノウの曾孫

深淵神社(香南市野市)

[ 高知県香南市野市町西野 ]


物部川の左岸、野市の通称・十善寺と呼ばれる地区に鎮座しちょります。

深淵神社(香南市野市)

史跡 i深淵神社

延喜式社
祭神は、深淵水夜禮花命
水神として元原部島にあり十善寺を経て明治三十五年現在地に遷宮
深淵郷の総鎮守で明治十二年県社に昇格
従五位上

【 参考・引用 】  説明板より


深淵神社(香南市野市)

御祭神・深淵水夜禮花命は、古事記に登場する神さんでスサノオノミコトとクシナダヒの曾孫になり、深淵水夜禮花命の曾孫が大国主命になるがです。

深淵神社(香南市野市)

祭神 深淵水夜禮花命

創立年代詳かならず

古老の博説に拠るに、孝安天皇三十一年神勅ありて曰く
我此地に居ること久し
我は 深淵の水夜禮花命なりと言畢りて御身を隠くされたるにより、萬民深淵の神なりと崇め奉斎したるなりと 
祭神は古事記に出てたる神にして、深淵は和名鈔郷名部に土佐香美郡深淵
古事記云布波能母遅久奴須奴神娶女二 日河比賣一、生二子深淵之水夜禮花神一とありて深淵之水は母の御名河に由あるものならんか
三代実録に清和天皇貞観十二年三月五日此神に従五位下を授けられ、又陽成天皇元慶三年九月廿七日従五位上を授けられ、延 喜の制式内小社に列せり

式社考に
此社今在二野市一里人為二十禅師一、舊祠嘗在二深淵村一、地広樹老尤可二凝信一、寛永中前国宰大墾二辟鏡野一、潅漑之利被二数千町一、於レ是河水失二古道一数流合併為レ一、一旦洪水壊嚢、社地為レ所二潰決一、巨木恠厳今猶在二河底一見在小社、四十年前里民徒造レ之と(按ずるに四十年前とあるは寛永年中に当るなり)古来より佐太郷の總鎮守にして、 曾て深淵権現、十禅神権現と称したるを、明治元年深淵神社と改め、同五年郷社に列し、同十二年九月三十日 縣社に昇格せり
本殿、拝殿、御炊殿等の建物を備へ、境内地百八十一坪(官有地第一種)を有せり

【 参考・引用 】  『明治神社誌料』(復刻版) 講談社・刊(昭和50年)


古老の話だと、孝安天皇三十一年み神勅があって、自分は深淵の水夜禮花命なり云われたので、村人たちは深淵の神さんとして崇め祭祀するようになった。

「三代実録」によると、清和天皇貞観十二年三月五日に、従五位下を授けられ、陽成天皇元慶三年九月廿七日従五位上を授けられ、延 喜式小社になった。

元は、物部川の川中深淵にああったが、延寶年間に洪水にあって社殿は潰され神域は河底に埋れた為、里人が野市の十善寺に移し祭祀し、更に現在の所に遷し祭るに到つたそうです。

深淵神社(香南市野市)

天保九年(戊戌)六月に奉納された、手水鉢ながです。

因みに、天保9年(1838)は、中岡慎太郎、後藤象二郎、平井収二郎の妹・加尾さんや、望月亀弥太、岡田以蔵らが生まれた年ながです。


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