坂本龍馬と武市瑞山 - 両者の違いは現実主義者と理想主義者





今回は、このブログ的には直接関係ない事で、読む人には「如何でも良い」ような事ですが、最近、ある研修を受けた際に、何度も繰り返された、当方にとっては嫌いな「夢」と云う言葉に付いて、ちっくと・・・・・。

最初に自己紹介で「夢」を語らされ、一瞬、躊躇(ちゅうちょ)したが、私には「夢は無い」と答えた。

その後も、事ある度に夢・夢・夢・・・・・。

別に誰が如何な夢を持とうが、目的を持とうが自由じゃけんど、一種の洗脳的に繰り返されると、ちっくと不愉快に覚えるがよ。

まあ、オンちゃんの愚痴話じゃと思うて、読んでみてや・・・・・。


本来、日本語の「夢」と云うのは、平安時代の頃に、「寝目(いめ)」・「寝見(いみ)」が転じたもので、「目が覚めたら実体のない不可実なもの」を指す意味だと云われちょります。

法事の際に、和服の女性が締める帯に文字をあしらった物が在るけんど、「和」・「偲」・「梵字」等と共に「夢」の一字も含まれちょりますき、元来、良い言葉では無い事が判る。

それ故か、祝い事等の場で、「夢」と云う言葉を使うと、「目が覚めたら別れる」と云う風にも受け取られるき、使わない方が良いとも聞いた事もある。

ですき調べて見ても、夢の付く熟語には、良い意味を持ったものも無い。

夢許り(ゆめばかり) : ほんの少しのこと。
夢境(むきょう) : 夢の中、夢の世界のこと。
.夢幻(むげん) : 夢とまぼろし。
夢現(ゆめうつつ) : 夢と現実。
夢魂(むこん) : 夢を見ているときの魂のこと。
夢心(ゆめごころ) : 夢を見ているような気持ちのこと。
夢人(ゆめびと) : 夢に見た人のこと。夢に現れた人のこと。
夢想(むそう) : 夢に見ること。空想。
夢魔(むま) : 恐怖を覚える夢のこと。
夢夢し(ゆめゆめし) : 夢のようにあてにならないこと。
夢の世 : 夢のような儚い世界のこと。
夢の夢 : 極めて儚いこと。

【 参考・引用 】  広辞苑


更に、人が夢の横に立てば「儚い(はかない)」ともなるがやき。

意味は

消えてなくなりやすい。
もろくて長続きしない。
不確かであてにならない。
実現の可能性が乏しい。


良く織田信長が登場するTVや映画等で、織田信長が幸若舞の「敦盛」の一節を好んで謡い踊るシーンがある。

思へばこの世は常の住み家にあらず
草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし
金谷に花を詠じ、榮花は先立つて無常の風に誘はるる
南楼の月を弄ぶ輩も 月に先立つて有為の雲にかくれり
人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり
一度生を享け、滅せぬもののあるべきか
これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ



源平合戦の一ノ谷の合戦で、源直実が若き平敦盛を討った事から心を苦しめるようになり、続く屋島の合戦でも同じ苦しみを思う出来事が起こるのではないかと苦悩し悩んだ末、世の無常を感じ出家を決意して世をはかなむようになる。


これも人生の「儚さ」を、表現したものじゃと思います。

今日、広く一般に「あなたの夢は?」と云う風な使われ方をする様になったのは近年の事で、幕末から明治の頃に「Dream」を「夢」と誤訳した事に始まちょると云います。

大辞林には、

[1] 睡眠時に生じる、ある程度の一貫性をもった幻覚体験。
多くの場合、視覚像で現れ、聴覚・触覚を伴うこともある。
非現実的な内容である場合が多いが、夢を見ている当人には切迫した現実性を帯びている。
[2] 将来実現させたいと心の中に思い描いている願い。
[3] 現実とかけはなれた考え。実現の可能性のない空想。
[4] 心の迷い。迷夢。
[5] 現実を離れた甘美な状態。
[6] はかない物事。不確かな事。


とあるけんど、[2]は明治以降に付け加えられた意味ですき、[2]以外の元々の意味は、マイナスイメージながです。

ですから「夢」を英訳するとすれば、「考えうる最も完全なもの」を指す「理想」を意味する「Idealが一番近いと思うがです。


日本語の「夢」の反対は、現実や正気を指す「現(うつつ)」です。

其の為、古来から「理想(夢)ばかり云って、本心(現実)を失う事」を、「うつつを抜かす」とも云うがですき。

ですから、オンちゃんは「Dream」に見合う日本語は、「志」じゃと思うちょります。

心が、ある目的に向かって動く。
目的をたてる。
立てた信念。


坂本龍馬と武市(半平太)瑞山の両者の違いは何かと云えば、現実主義者と理想主義者の違いじゃろうと思う。

両者も、幕府を倒すと云う目的は同じでも、その先の行き着く場所と手段が違うちょった。

武市瑞山は、土佐勤王党を組織し土佐を一藩勤王にしようと理想(夢)を掲げて藩論を主導し尊皇攘夷を唱えたけんど、結局は現実を見誤やり事破れた。

一方、坂本龍馬は、現実を見据え動き、志半ばに倒れたとは云えども「大政奉還」を成し遂げた。

よく、人は「夢」を語りますが、其の為には、手段である「努力」を遂行して初めて事は成ると云う事を忘れちゃ遺憾。

「努力」をすると云う事は「行動」じゃき、理想(夢)ではなく、現実の出来事ながです。

ですき「Dream」は夢(理想)では無く、現実の結果を叶えようとする「志」じゃと思うちょり、そう思い実行しちょります。


これまで沢山の大小の「志」を叶えて来たし、これからの「志」もあるけんど、「夢は無いし夢は持たない」。



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