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脇本陣・長木屋 - 文化5年幕府天文方・伊能忠敬一行が滞在 

伊能忠敬緯度観測記念碑(香南市赤岡町)

[ 高知県香南市赤岡町 ]


約一カ月ぶりの記事の更新です。

今回は、以前御紹介した伊能忠敬が第6次測量で高知城下で滞在した辰巳屋のお話の3日前に、赤岡浦(現・香南市)に入り測量した事を。

辰巳屋伊藤傳右衛門邸跡付近 - 伊能忠敬が高知城下で三日間宿泊 2017.03.26

碑の正面
「伊能忠敬経度観測記念碑 北緯三十三度三十三分 香南市教育委員会」

碑の右面
「 伊能忠敬は享和元年(1801)幕府の命を受け実測による日本地図の作成に取り組んだ。文化5年(1808)土佐に入り四月二十七日赤岡浦の実測が行われ、この地を北緯三十三度三十三分と測量した。


伊能忠敬緯度観測記念碑(香南市赤岡町)

伊能忠敬測量地点 北緯33度33分

文化五年(1808)、幕府天文方一行の測量により、北緯33度33分の位置に杭が打たれたが、後年帝国陸軍の測量で再確認され、御影石に改められた。
戦後の道路舗装工事の際、小松邸角にあった石は放棄されたらしい。・・・

【 参考・引用 】  説明板より抜粋


そんで、伊能忠敬測量隊がこの日に宿泊したがが、石碑より西に約300m程の所にある、脇本陣・長木屋だったがです。

脇本陣・長木屋(香南市赤岡町)

当時(藩政時代)の赤岡浦は塩の道の起点でもあり、参勤交代のための本陣も置かれちょった商都として栄えた町で、何段もの水切り瓦を備えた土佐漆喰塗の町家が並んじょったそうです。

脇本陣・長木屋もその一軒で、蝋燭問屋として栄えた家じゃそうです。

脇本陣・<blockquote><p>長木屋(香南市赤岡町)

脇宿(脇本陣)長木屋

文化五年(1808)四月二十七日、幕府天文方伊能忠敬一行は赤岡浦を測量し、北緯三十三度三十三分と定めた際、一行の脇宿に当てられた長木屋惣次右衛門邸で、本陣は長木屋又佐衛門邸である。
また、参勤交代や藩主東方巡視の際は脇本陣に当てられたと伝えている。
文化年間、蝋燭の製造権獲得をめぐって高知城下の商人と競い、遂に蝋座株を獲得した記録を残す商家である。

【 参考・引用 】  説明板より


脇本陣・<blockquote><p>長木屋(香南市赤岡町)

築200 年を超える建物で、現在は「おっこう屋」と「喫茶、道」という商いをしよります。

店の前にまで商品が並べられちょるがが「おっこう屋」 ですけんど、パット見は如何見ても雑貨屋と骨董屋のようにしか見えんけんど、何でも「おっこう屋」の会員が持ち寄った商品も販売しよると言う、創作作家の作品の展示販売もするアトリエ的要素も含んだお店じゃそうです。

「おっこう屋」のHPの自己紹介にゃ、「おっこう屋 は、高知県香南市赤岡町横町商店街にあり、この町が好きで、この町を訪ねてきた人たちのための安らぎ、寛ぎの場・思い出作りの場、そしてお土産店として開設されました。」と、書かれちょります。

おっこう屋のプロフィール|Ameba (アメーバ)

ちょっと不思議な空間ですき・・・・・


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