寺尾酒造跡 - 寺尾家祖は長宗我部元親の弟・香宗我部親泰に仕える

寺尾酒造跡(香南市赤岡町)

[ 高知県香南市赤岡町 ]


赤岡町の赤岡病院傍にある横矢食品さんの壁際に、寺尾酒造跡の説明板が建っちょります。

寺尾酒造跡と「豊能梅」

寺尾酒造の祖は穴喰で香宗我部安芸守親泰に仕えている。
家系では、安永年間、初代当主・善兵衛から始まり、八代目梅太郎に至り、明治三十四年第三代名誉庁長を務め、赤岡銀行設立、自由民権運動にも深い関心を示した。
梅太郎の誕生祝いの商標が「豊能梅」。
大正九年十二月五日没。
現・高木酒造の銘柄になる。

【 参考・引用 】 説明板より


寺尾酒造の祖が仕えた香宗我部親泰とは、天文3年(1543)に長宗我部国親の三男として生まれ、弘治4年(1558)香宗我部親秀の養子となり、永禄12年(1569)に安芸国虎が滅亡した後、安芸城主となっちょります。

兄・長宗我部元親の阿波平定にも尽力し、その後の四国統一にも尽力しちょりますが、天正13年(1585)の豊臣秀吉の四国征伐では敗退しちょります。

因みに、説明板に「現・高木酒造の銘柄になる。」とあるのは、何でも大正6年(1917)に寺尾酒造は倒産したようで、その後、高木酒造さんが銘酒「豊能梅」の商標と杜氏を一緒に買い取り、現在に酒造りが続いちょるそうです。


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