能津城址 - 城主・能津左兵衛は長宗我部元親に従い朝鮮出兵で戦死と

能津城址(日高村本村)

[ 高知県高岡郡日高村本村 ]


写真は、仁淀川右岸(南)を走る県道299号庄田伊野線の沿いから見た能津城址の南面です。

因みに、仁淀川左岸の国道194号線(高知市~愛媛県西条市)からじゃと、こんもりとした小森は見えても城址じゃとは気が付かんでしょう。

能津城址(日高村本村)

写真は、東側から見た能津城址ですが、この傍に説明板が建っちょります。

能津城址(日高村本村)

能津城跡

村指定 史跡
平成四年三月三日指定

能津城跡は、戦国時代の能津領主能津(細川)左兵衛の居城で、中世の山城跡です。
能津城は仁淀川の自然を利用した要害の地にあり、城跡は頂上の詰を中心として北側に二ノ段と、主に二つの曲輪からなり、虎口(城の主な出入口)は南に造られています。
この城の特徴は今なお、城の斜面に数十本竪堀の遺構が見られることです。
中世の城では、空堀や土塁とともに敵の侵入を防ぐ重要な役割りをはたしていました。
城主能津左兵衛については、元亀二年元親に降り、長宗我部地検帳には能津一円の領主として明記されていますが、古書「土佐物語」によると左兵衛は秀吉の朝鮮出兵により元親に従って朝鮮に渡り慶尚南道巨済島の北岸能川での海戦で戦死したとなっています。
また長岡郡広井城から来た広井俊行の居城であったと(土佐古城略史)の記載もあります。
頂上には八幡宮があり、眺望もよく、下ノ段には、善住寺跡があります。

【 参考・引用 】 説明板より


能津城址(日高村本村)

西側から見た能津城址

能津城

城主、廣井俊行。
後、能勢を以て氏とす。
長岡郡廣井城を併せ見るべし。

【 参考・引用 】  『土佐古城略史 全』 宮地森城・著 


ともありますき、長岡郡廣井城主・廣井俊行が、後に能勢氏と改めて住んだ居城じゃと言う風にも書かれちょります。


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