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へんろ石 - 中務茂兵衛 「壱百五十二度目」の遍路石

オンチャン(とさっぽ)

へんろ石(南国市)

[ 高知県南国市岡豊町八幡 ]


岡豊町八幡の岡豊郵便局近くで、県道384号土佐(北)街道と県道252号線が合流しちょりますが、その三叉路の傍に遍路石が建っちょります。


(正面)
壱百五十二度目為供養建之 
周防国大島郡椋野村来
願主 中務茂兵衛義教
(左面)
明治29年11月吉辰


正面には左手一本指で右(東方向)を指し、その方向は実際の国分寺のある方向。

右面にゃ右手一本指で左方向(南向き)で、次の札所の三十番安楽寺と刻まれちょります。

けんど、此の場所から安楽寺に行くには南じゃのうて西に行かんと行けれんがです。

ようするに、今建っちゅう場所からすると方向が違いますき、この遍路石は、どっかから此処に移設されたようです。

へんろ石(南国市)

上の地図は『高知県歴史の道調査報告書 第2 集 ヘンロ道』を参考に作成してみました。

地図右端の国分寺を出て西に向かい、国分川の支流・笠ノ川川を渡る。

そこで一端左に曲がり国分川手前を右に曲がり、岡豊城の東麓に沿って北に上がり、現・歴史民俗資料館の登り口辺りで左(西方向)に曲がり西に向かうと、南国市と高知市の境の逢坂峠に至る。

その峠を越えた所が三十番安楽寺になるがです。

ですき本来の場所は此処ではなく2ヶ所考えられるがです。

① 現位置よりの約700m西の歴史民俗資料館の登り口辺り。
 
② 現位置より県道252号線を約600m程南に下った岡豊保育園辺り。 


兎に角、この2ヶ所じゃったら遍路石に刻まれちょります、手指し指の方向は附合するがです。

いつ頃道路工事が行われたのかは判らんけんど、当時の行政担当もしくは工事関係者が実際の遍路道を無視して、考えもせず単純に指方向が国分寺を向くように設置したがじゃないかと思われます。

遍路石(標石)の目的は、お遍路さんに遍路道の進む方向を教えるもので、目的の場所の方向を教えるものと違います。

もし、元から此の附近だったとすれば、途中で左に曲がるべき道を間違えてここまで来たお遍路さんに、「道が違うき、引き返しや」とでも注意の為に建てたが?。

あり得んろー・・・・・・。



今、四国遍路を世界遺産にと運動をしより、そこらじゅうでスローガンを見るけんど、本当にそうしたいのなら、たかが遍路石一つにしても、指の指し示す方向等が間違ってないか再確認せんと遺憾ろー。

それに車の往来するような道路脇にある遍路石は、基礎がコンクリートやアスファルトで固められ下部の文字が埋まって全体が見えんようになっちゅう遍路石もある。

これとて、掘り起こして元のように復元復旧して建て直さんと、ユネスコの審査にゃ通らんのと違う・・・・・。


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Posted byオンチャン(とさっぽ)

  



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