北山越えの道碑 - 坂本龍馬や板垣退助らも通った参勤交代北山道

北山越えの道碑(南国市)

[ 高知県南国市亀岩字落合  ]


この碑の建っちょる場所は、以前御紹介した、(伝)明智光秀・明智光春墓のある丘城(瓶岩土居城=土佐坂本城)の直ぐ南側です。

明智光秀・明智光春墓 - 土佐に来た明智光春の子孫が先祖供養に 2016-11-08

この参勤交代北山道ちゅうのは、大まかに書くと、高知城下~掛川神社前~土佐神社御旅所前~布師田本陣~岡豊八幡宮西鳥居前~領石、そしてこの碑の在る楠木渡瀬(現・楠木橋)から、本山本陣に抜け丸亀に至る道ながです。

土佐藩の参勤交代だけじゃのうて、坂本龍馬も通っちゅうし、多くの人の通った往還道ながです。

北山越えの道碑(南国市)

参勤交代北山道 北山越えの道

律令制度の昔 都と土佐の国府は南海道で結ばれていた
古代文献によると 勅によって北山越えの道が開かれたとある
山また山の険しい道だけに のち海路にとってかわられた
この北山越えは 近世になり 享保三年(一七一八)第六代藩主 山内豊隆公が参勤交代道に利用する
それ以後 土佐と上方 江戸を結ぶ幹線道路として 参勤交代また文物や人々の交流の舞台となった
根曳越えの新道の開通などにより機能を失うことになるが 地域に残された貴重な歴史遺産であり新たな交流への発信をもたらすものとして周辺の環境も含め保存整備が行わなければならない

南国ライオンズクラブは結成二十五年記念事業に この歴史の碑を建立し後世に伝える
土地は地元出身で大阪在住の坂本千秋氏の多大なご好意により拝領した
地元に住む人々は 長年この道にひとしおの思いをいだき 深い愛着のなかで建立に協力した

平成九年五月吉日
建立 南国ライオンズクラブ
協力 南国市瓶岩公民館運営審議会



北山越えの道碑(南国市)



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