春喜神社 - 土佐に二ヶ所ある「番町皿屋敷」類話の一つ土州皿屋敷跡

春喜神社(南国市篠原)

[ 高知県南国市篠原  ]


南国市篠原の、とさでん交通ごめんの線の小篭通電停と篠原電停の中間辺りになりますが、電車通りの南側に小さな祠があって傍に「春喜神社」小さい立て札が立っちょり、地元じゃ「春喜さま」してお祀りされちょるがです。

この「春喜さま」と言う祠にゃ下記のような、伝説が伝わっちょります。

土州皿屋敷

長岡郡大津村と篠原の一本松との中央あたりに、電車線路小篭通りの停留所の付近に五畝歩ほどの田地が小川に沿うてある。
是が春喜様の奮(古)い神社跡で現在でも同神社の社地である。
昔は数十本の大樹が天を摩してくらく夜間梟の鳴き声も淋しかった。 

話はいつ頃の事か判らない。
この土地に渋谷権右衛門といふ郷士があつて、その家の下婢にお春といふ美人があつた。
お春は性質も温順しく気立が優しかつたので一家の者からは可愛がられてまめに立ち働いていた。
この主人の弟に藤四郎といふ若者があつて何時しかお春に恋慕し晝(ひる)となく夜となく藤四郎はお春に心のたけを打ち明けて、折を見隙を窺つていひ寄ったが、このお春には婚約の従兄があつて、藤四郎の恋慕は終にあわびの片思ひに過ぎず、終に可愛さ余つて憎さが百倍といふたとへの通り、嫉妬と怨恨はお春の一生を過ることとなつた。
藤四郎は何とかして恨をはらす機会をねらっている中、この渋谷家に家重代の寶物(宝物)の皿があつて、お春がその皿を洗ふ中途で一寸席を外したその隙に藤四郎は其の一枚を隠したので寶物(宝物)は一枚不足といふことになつた。
是は以ての外の仕業と権右衛門烈火の如くに激怒し、お春を折檻し遂に之を惨殺した。

お春が非業の死を遂げたその夜半、草木も眠る丑満つ時(丑三ツ時)、一枚、二枚、三枚‥・…と皿を数ふる聲(声)が聞へ、最後に悲痛な泣聲(声)がつづく、不思議や藤四郎は其の時高熱を発して狂気の如く室内に悶え苦しむ聲(声)が聞える。
これが毎夜のことで家族どもも驚き怖れている中に藤四郎はお春の殺された所で悶死し、更に不思議なことには毎朝座敷の板縁にはお春の血染の足跡がついているので、さすが残酷剛腹の権右衛門も恐怖にみたされて、遂に屋敷の西方に九尺四方の社殿を建立して冤死したお春の霊を慰め祀つた。

お春と婚約中の従兄もお春の死を悲しみその後を逐うて死んだので坂折山の西端に埋葬したが、陰雨そぼ降る夜などにはこの墓地から怪火が飄々として一本松の樹上に飛んで来ると、西方のお春の祀られた祀堂からも同じく怪火が一本松に飛び一団の大怪火となり南方の伊達野山の頂上坂野松の上に飛び、少時してまたもとの一本松に帰り、更に東西に別れて消ゆるのが度々であったので渋谷一家の者どもの恐怖はその極点に達し、其内権右衛門も自責の念に堪えず病床に臥し遂に不帰の客となり、家族の者も同様次々に病死して一家遂に断絶したのでお春の祭祀も同家に代って村人がそれを奉仕したと云ふ。

お春を祭った小社は春喜様と唱へているが、今は電車線路の南側にある荒神社の境内に合祀されている 

( 参 考 )                

皿屋敷は怪異伝説の一つである。
ある家の下女十枚の皿を一つ損じたる罪によつて害せられ古井に投ぜらる。
亡魂夜々あらはれて皿の数を九つまで数へ、「悲しやなあ」と泣き叫ぶという伝説。
女の名を菊といつたといふのでまたお菊蟲の伝説も生じている。
「諸国俚人談」に「正保年中、ある武士の下女が皿を井に取り落したる科によりて害せられてより、皿の数九つまでかぞへ、十をいはずしで泣き叫ぶといふこと、普く世の知るところなり。この古井ある屋敷は江戸牛込御門の内にありといへり。また雲州松江にも件の井あり、播洲にもあり、その趣きみな相似たり。何れか一所はその真なるか。三所ともに同じ皿砕の幽霊附会の説なりといふべし」といひ、その江戸に於けるものも「諸国俚人談」は「牛込御門内」、「孝経漫筆」はただ「江戸番町」、「新編江戸志」は「寛文年中、麹町三軒屋」 「皿屋敷弁疑録」は「承應二年正月」と明に記しているが「提醒紀談」は「一定ならぬことは多くは妄誕なるものなり」と断じて居る。
「白石紳書」に見えた加賀国の伝説、小幡播磨といつた人の飯の中に針があつたといふので、おきくといふ女を殺したといふ説話は、何程かの交渉はあつたかも知れぬが、その皿屋敷といふ根本の問題を解決する説話ではない。
加藤嘉明が或時近く召使ふ不出仕が、秘蔵の南京皿十枚の一を破つて罪を恐れて籠りいるためといふことを聞いて、他の九枚の皿を残らず破つたといふ説の話も、往々にして皿屋敷伝説の根拠に引用されるが、恐らくはこれも傍系のものであらう。
「嬉遊笑覧」の著者は、更に皿屋敷怪談の出所を考へて土佐国の小児の鬼あそびの遊戯「手手甲」の詞、

向ひ河原でかわらけ焼けば、五皿六皿七皿八皿、八皿めにおくれて、づでんどつさり、それこそ鬼よ、蓑着て笠きて来る者が鬼よ。
       
などに、皿かぞへの怪異譚の出たものではあるまいかと疑っている。
これは諸国に残存の鬼定めの童謡である。
思ふに皿屋敷といふは、実は家居もない更地の屋敷といふもので、その更地に草など生ひ茂り、そこの井なども古びて何となく妖怪屋敷然なるものに殊更霊譚を伝へ、例の「手手甲」の皿数への童謡などを附会せしめたるものが、世の多くの皿屋敷の本拠ではあるまいか。

参考文献              

紅皿塚と皿屋敷 (中山太郎) 日本民俗学論考
播州説と出雲説 (菊岡治涼) 諸国俚人談
江戸麹町九町目説 (暁晴翁) 雲錦随筆
土佐幡多郡津大村大字奥屋内 幡多郡誌

【 参考・引用 】  
『土佐伝説全集』 松山秀美、寺石正路・著 昭和23年(1948) p83


春喜神社(南国市篠原)

怪談話で有名な「番町皿屋敷」と同類の伝説ながです。

「番町皿屋敷」は江戸が舞台じゃけんど、元になったのは播州姫路の『播州皿屋敷』とか。

そんな同類の伝説が土佐には、ここ南国市の皿屋敷と、四万十市の方にもあるがです。

昔、何らかの似たような事件があって、何時しか怪談「番町皿屋敷」のように、お話が膨らんだのかも知れませんねー。

春喜神社(南国市篠原)

春喜神社(社殿は東向き)の南隣にある荒神宮(社殿は南向き)の社殿入口南前に、写真の五輪塔(供養塔)があるがです。

子細は不明ですが、祠のある周囲の田地は神社跡で同神社の社地とありますき、この荒神宮も含めて五輪塔(供養塔)も何ぞ関係があるがじゃろーか・・・・・。

【 三省堂 大辞林 】  手手甲

① 昔、手を組み合わせて顔に当ててその間からのぞき、子供をおどかす時に戯れにいう言葉。
② 昔の鬼ごっこの一種。
   手を組み合わせて手の甲を互いに打ちながら童謡を歌い、歌い終わった時に打たれた者が鬼となるもの。




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