孕石元政 - 土佐藩家老・野中兼山を生駒木工と画策し失脚させる

孕石元政(高知市)

[ 高知県高知市筆山  ]


孕石元政(はらみいし もとまさ)は、寛永5年(1628) 土佐藩・孕石正元の子として生まれ、別名・頼母、小右衛門とも称す。

承応3年(1654)家督を相続し、明暦2年(1656年)近習家老となる。

その後、生駒木工とともに野中兼山の失脚を画策し、寛文3年(1663年)7月に深尾出羽を通じて藩主・山内忠豊に上申書を提出し、兼山失脚の後、藩政改革を断行し家老となっちょります。

元禄14年(1701)歿す。

野中兼山 - 野中兼山一族の墓所 2015-10-13
生駒木工 - 土佐藩家老・野中兼山を失脚させる切欠をつくった一人 2014-09-26

また薫的和尚を、無実の罪をきせ投獄し悲憤怨恨の果てに自害させた事件にも加担しちょります。

磐上神社 - 薫的和尚が最初に埋葬された地 2015-09-14 Mon
にらみ石 - 薫的和尚と野中兼山に関わる孕石頼母邸にあった庭石 2016-01-06


[ 注意! ]
■ 墓探しで山に入る場合 は、季節によっては、マムシ(ハミ)・ヤマダニ・ヤマヒル・イノシシ・ハチ等に気を付けて下さい。
■ 特に3~12月頃の暖かい時期に山や藪に入る場合、マムシ(ハミ)には御注意の事!
関連記事

  



0 Comments

Leave a comment