龍馬の姉 乙女居宅之跡 - 乙女姉さんが嫁いだ岡上邸があった場所

龍馬の姉 乙女居宅之跡(香南市)

[ 高知県香南市香我美町山北  ]


司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』の「寅の大変」に、一年八ヶカ月ぶりに土佐に帰って来た場面に、下記のような行がある。

翌朝、まだ暗いうちに竜馬は高知城下を発って、街道を東にむかった。
途々、出会う人はみな提灯の紋所をみて竜馬と知ると
「坂本の坊さん、どこへ行きなさる」
ときいた。
「山北へ、さ」
そう答えると、たれもかれもが竜馬の生い立ちを知っているから、
「それはよかった。山北ではおどりあがってよろこびなさるじゃろ」
といってくれた。
香我美郡山北村は、城下から東へ五里ばかり行った山ふもとにある。
その村の郷士岡上新甫のもとに姉の乙女が嫁いでいるのである。

【 参考・引用 】  『竜馬がゆく』 司馬遼太郎・著より


と、ここがその乙女が嫁いだ岡上新甫の屋敷があった場所です。

因みに岡上新甫は、元は近くの医師・藤田春善の三男で、天保10年23歳の時に白札格・岡上家9代目・岡上卓庵が亡くなって、家系を絶やさぬために岡上卓庵の娘・勢の婿養子となっちょりますが、弘化2年に勢を亡くし、その後に乙女姉さんが後妻になっちょるがです。

因みに、冒頭の『竜馬がゆく』より抜粋参考にした部分は、安政南海地震が発生し、土佐に帰って来た設定になっちょりますが、フィクションです。

1回目の江戸での修業を終えて土佐に帰って来たがは安政元年(1854年)6月23日。

安政南海地震が発生したのは、同年11月5日。

再度の江戸剣術修行に出たのは、安政2年(1855年)に父・八平を亡くし、翌・安政3年(1856)に藩庁に申請し1年間の修業が許され、同年9月に江戸に到着しちょりますき、実際には、小説の設定時期には土佐に居たことになります。



龍馬の姉 乙女居宅之跡(香南市)


今回は、地図は記載いたしません。
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