平井善之丞閑居地 - おこぜ組の疑獄が起こり蟄居して住んだ場所

平井善之丞閑居地(南国市岡豊町小蓮)

[ 高知県南国市岡豊町小蓮  ]


場所は、ちょっと前に御紹介しました南国市岡豊町小蓮にある小野神社(小野古城)の参道を登った直ぐ左側に、幕末の土佐藩大監察を務めた平井善之丞が一時期住んだ屋敷跡があった場所じゃそうです。

土佐藩第13代藩主・山内豊煕のもとで、天明の改革の大目付として藩政刷新にのりだしたけんど、天保14年(1843)、土佐藩の保守派が対立していた急進改革派(おこぜ組)を投獄する「おこぜ組の獄」が起こり、ほとんど成果を挙げることなく挫折し辞職しちょります。

此の時、約10年ほど住んでいたのが此の地じゃそうです。

武市瑞山は此の地に平井善之丞を尋ねちょりますが、確固たる精神を聞いた平井善之丞は「天下の為、援助を惜しまない」と約束し、文久2年(1862)吉田東洋が暗殺されると大監察に復職した後は、土佐勤王党の理解者の一人になっちょります。

しかし、文久3年(1863)の青蓮院宮令旨事件以降、山内容堂に職を解任され、再び辞職を余儀なくされちょります。

平井善之丞 - 土佐勤王党の武市瑞山に好意的に協力 2012-01-26


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